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虹の彼方で
第19章 掌の温もり
今日、誰かいたっけ?
この時間に、家に誰かいることって……無いよね?
あぁ、だめだー。きついー。
頭の中で「いたいよぉぅ」という泣き言を何度もリフレインさせながら、
玄関の鍵を開けて室内に入ると、
私は、靴を脱ぐのもそこそこに玄関を後にして、
一旦キッチンに向かった。
水を1杯のんでから、お腹の痛みに呼吸を浅くしつつ自分の部屋にたどり着き、
扉を開けた、その場にカバンを落として、
よろよろとベッドに潜り込む。
あー……、きつい。
横になると、少しは痛みも治まるけど。
でも……意識が、ふわっと落ちてしまう。
あ、……だめかも。
なんだか、滑り台を滑り落ちていくみたいに、不思議な落下の感覚で、
気づいたら、私は眠りの中に、ストンと、落ちてしまっていた。
* * *
「…き、……美咲」
泥のような眠りの中で、深い声に名前を呼ばれた気がして、重い瞼を持ち上げると、頭を優しく撫でられた。
「あや、の……? ……あ」
思わず彩乃と勘違いしたけれど、視界にいたのは、意外な人だった。
「マサ、さん……」
「おう。平気か?」
あったかい声に一つ頷くと、額に手をあてられる。
「風邪か?」
優しい問いに首を振ると「そうか」とだけ答えて、マサさんは私から身体を離す。
ベッド脇に何か、椅子?のようなものを持ってきてるみたいで、腰掛けた格好のまま、マサさんは私の顔を見下ろして微笑んでいた。
その背後に見える時計は2:30を指してる。
「あれ? ……マサさん、なんで……」
「今日は代休で、午後休みだ。誰もいないと思って帰ってきたら、玄関にお前の靴があったからな。心配で、様子を見に来た」
「……」
そっか。
謎が解けて頷く私に、少し顔を寄せて、マサさんは「飯は食えたか?」と囁く。
お昼は……、あ、食べてないやー。
食欲なくて、薬だけ飲んじゃったんだよね……。
無言のまま首を振る私に、
「ちょっと待ってろよ」と立ち上がったマサさんは、
黙ったまま、部屋を出ていく。
その後姿をぼんやり見つめていると、再び、意識に靄がかかる。
ふっと眠りに落ちかけた視界が動いて、眠りの淵から意識が浮かび上がると、
戻ってきたマサさんは、小さなスープ皿とスプーンを持っていた。