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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

 時間をかけて展示を見たあと、先生のところへ戻る。

「見たよ、先生」
「……うん」
「次は地下二階?」
「……そう」
「先生、行こう」

 冷房でとても涼しいのに、湯川先生の手のひらは汗びっしょり。何かに緊張しているのは間違いないだろう。
 でも、気にせず手を取って、出口へ向かう。

「……あかり」

 エスカレーターでさらに階下へ降りている最中に、湯川先生の震える声が隣から聞こえた。

「俺は、あかりを失いたくない」
「勝手に消えたりはしないから安心して」
「でも……」
「別れるときはちゃんと言うから」

 エスカレーターから降りて、展示室へどんどん向かう。湯川先生は私に引っ張られているだけだ。
 入り口にいた監視員が私たちの姿を見てぎょっとする。早歩きで展示を見回る人なんていないから、当たり前のことだ。
 地下二階には、西洋画家の作品だけでなく、日本画家の絵も展示されていた。ピカソやゴッホ、岸田劉生の有名な絵もあったけど、私たちの目的はそれじゃなくて――。

「……あった」

 着崩れた着物も、落ちた髪も直そうともせず、縁側に横たわる女の絵。地味な色の着物の、はだけた衿の間から白い乳房がちらりと見え、衿下からは誘っているかのような白い足が覗く。女は気だるげに、笑みを浮かべている。
 その女の顔は、私にそっくり。

 画家の名は――村上叡心。

 女は、私だ。

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