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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

「……怖かったんだ。この絵を見て、あかりが俺をどう思うのか、知るのが怖かった」

 なるほど。
 私が危惧したこと――私の正体に気づかれたのではないかというようなことは、全く関係なかった。湯川先生は、叡心先生の絵のモデルが私であるとは気づいていない。

「あの女の人の身代わりなのではないかと、私に疑われるのが怖かったんだね」

 隣で頷く湯川先生に、ほっとする。

「初めてあの絵を見たときから、俺はもうあの裸婦に夢中で……村上叡心の絵が水森の家にあると知ってからは、毎日のようにあいつの家に行って……ずっと眺めていた」

 恋い焦がれた絵の人物と、姿形が同じ女が現れたら、運命と思うだろう。
 絵の中の女には触れられない。先生は、絵の女の身代わりとして、月野あかりを抱いているような――罪悪感を抱えていた。
 そして、絵の存在を月野あかりが知ったとしたら、離れていってしまうのではないかという危機感を募らせた。

「だから、あかりに初めて出会ったときは、運命だと思った。村上叡心の絵の女がきっかけではあるけど、出会うべくして出会ったんだと思った」
「先生は案外ロマンチストなんだ?」
「男は皆ロマンチストだよ」

 顔を見合わせて、笑う。この美術館に来て、初めて湯川先生の笑顔を見た。いつも通りの優しい笑顔だ。

「……身代わりじゃない。あかりはあかりだよ。俺が好きなのは、あかりだ」

 繋いだ手を強く握られる。とても熱い。けれど、とても優しい。

「俺、ね……あかりに会うまで……できなかったんだ」
「何が?」

 先生はあたりを見回して、周りの人には聞こえないように私の耳元で囁く。

「……勃起不全」

 誰かに早漏を罵られたことがあるのではないかとは思っていたけど、そもそものセックスができなかったとは……想像以上に深刻でした。

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