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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

部屋で朝食を食べたあと、荷物をまとめて旅館を出る。温泉のおかげか、セックスのおかげか、肌はスベスベだ。
登山鉄道で箱根湯本駅まで降り、湯川先生が病院用の土産物を買ったあと、浪漫トレインで新宿に戻る。今回は特別席ではなかったけど、駅弁は食べることができたので満足だ。
「今日はどこに行くの?」
「銀座へ行くよ。丸ノ内線で行ってもいいけど、荷物もあるし、タクシーで行こうか」
銀座……銀座かぁ。
ロータリーに停まっていたタクシーに乗り、銀座へ向かうように伝えて、先生はふぅと溜め息をつく。
「楽しかった?」
「うん、楽しかった! また行きたいなぁ」
「じゃあ、また連休が取れたら行こうか」
わざわざ客室露天風呂付きの宿は取らなくてもいいよと笑う。温泉セックスは堪能できたことだし。
「北海道かな。島根や金沢もいいな。京都も……広島も」
広島。湯川先生の声のトーンが少しだけ低くなった気がする。広島に何があるのか、聞かなくてもわかる。水森さんの家に出入りしていたなら、水森家のルーツも、村上叡心がどこに住んでいたのかも、先生なら知っているはずだ。
「本当は広島にも連れて行ってあげたいなぁ。あかりのお祖母様が住んでいた場所だもんね」
「私は別に、行かなくてもいいんだけど……」
叡心先生が亡くなってから、あの町には近づかないようにしていた。思い出が多すぎて、どうしても行く気にはなれなくて、避けていた土地だ。
だって、どうしたって、叡心先生の姿を、影を、追ってしまうに決まっている。それに耐えられるかどうか、わからないのだ。
「ねえ、銀座に何かあるの?」
「知り合いが貸し画廊で展示をやっていてね」
流れる景色を見ながら、先生はぼんやり呟く。
そして、私はポーチの中の招待券のことを思い出す。水森さんのお祖母様からいただいたものだ。銀座のギャラリーが展示場所だった気がする。

