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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

「……村上叡心?」
「そうだよ。よくわかったね」
ポーチから招待券を取り出して、先生に見せる。村上叡心展……やっぱり銀座のギャラリーだ。
二枚のチケットを見て、先生は驚く。
「……水森に会ったの?」
「うん」
あれ? もう水森さんから連絡が入っているものだと思っていたけど、湯川先生は知らなかったみたいだ。水森さんは私と会ったことを湯川先生に話さなかったみたいだ。
「……寝たの?」
「まさか。たまたまカフェで会って、たまたま家に行って……怪我を手当してもらったの」
「そっか……って、怪我? 大丈夫だった?」
「足首を捻挫したけど、大丈夫だったよ。あ、チケットはお祖母様からいただいたの」
湯川先生は「なるほど」と呟く。水森さんのお祖母様も先生と同じように、私の先祖が絵のモデルをしていたのではないかと考えていた。先生には、その気持ちが理解できたのかもしれない。
「俺を誘えって言われたでしょ?」
「うん。村上叡心が好きだからって」
「好きなのは村上叡心のあの裸婦像だけなんだけどなぁ。千恵子さんもお節介だね」
先生は「でも、せっかくだから使わせてもらおうか」と笑う。私も頷く。
水森家が持っている村上叡心の絵がどれだけあるのか、興味がある。
どれだけ、残っているだろう。状態は良いのだろうか。気になる。
叡心先生は、画商に売るより実入りがいいから、と水森貴一にかなりの数の絵を買ってもらっていた。後年の絵はほとんどが水森貴一に売られていたと記憶している。そして、生活の面倒まで見てもらっていた。
それだけ、水森貴一が叡心先生の絵を気に入ってくれていたということだ。
ただ、後年の絵は……正直に言うと、あまり見たくはない。箱根の美術館に展示されていた絵は、三十代前半のもの。私たちがまだ幸せだった頃のものだ。
けれど、水森貴一が多く所持していたのは、おそらく――。
「着いたよ」
タクシーのドアが開き、一歩踏み出て、日差しの強さと暑さに辟易する。本当に暑い。
「暑いね。早く入ろう」
湯川先生に肩を押され、煉瓦色の建物へと向かう。陽の当たるショーウィンドウの中に、「村上叡心展」のポスターを見つけて、思わず立ち止まってしまう。

