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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

「……っと、病院から呼び出しだ。ちょっとごめんね」

 展示室を出ていった湯川先生は、すぐに戻ってきた。とても申し訳なさそうにしながら。その表情だけで、何があったのかわかってしまうほどに。

「ごめん、あかり。急患が」
「行ってらっしゃい。温泉、楽しかった。また連絡するね」
「うん。本当にごめん。また、連絡する」

 湯川先生は、たまに休日でも呼び出される。三日間、一緒にいられたこと自体、奇跡に近い気がする。
 湯川先生の背中を見送ったあと、裸婦の絵を順番に見ていく。
 これはアトリエで、これは寝室で……先生とセックスをしたあとで。これは、どこだったかな。こっちは、和室で寝てしまったときのものかな。
 懐かしさのあまり、涙が浮かんでくる。

 先生が、いる。
 先生が、ここに、いる。

 私、こんなに愛されていた。
 こんなに、愛していた。

 この、絵、までは。

 ……見返りの裸婦像。

 私、このとき、先生になんて言ったんだった? 大丈夫、だよ? 慕っているのは、あなただけ? 私は誰のものにもならないから?
 泣きじゃくる先生を前に、私が言えることなんて、なくて。
 ただ、笑っただけだった?

「どうぞ」

 差し出されたハンカチに、いつの間にか涙が零れていたことに気づく。

「ありがとう、ございます……」
「村上叡心、四十一歳。苦悩の日々が始まった、絵です」

 もう、驚かない。
 声に聞き覚えがあっても。ハンカチの主が誰であっても。

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