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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

「水森貴一は、絵の中のあなただけでは我慢できなくなった。衣食住と絵画の買取額を約束する代わりに、あなたを差し出すように村上叡心に迫ったのでしょう」
『一緒に死ぬか? 今なら、まだ間に合う。一緒に、死んでくれるか?』
裸婦像の首筋に薄く描かれた赤い痣に、誰も気づかないだろう。
よく見ないとわからないその赤い筋は、先生が私の首を絞めたときの――愛の証なのに。
私は、頷けなかった。先生の絵が、先生のことが、本当に大好きだったから。
生きていて欲しいと、願ってしまった。
その先の地獄を、知らないで。
残酷な運命を、先生に強いてしまった。
あのとき、一緒に死んでいれば――先生を一人で逝かせてしまうことはなかったのに。
「私、あなたが嫌いです」
「似ていますか? 水森貴一に」
それとも、と水森さんは呟いて。
「水森貴一の子孫だから、ですか?」
両方だ。
そのいやみったらしい口調も、優しい眼差しも、無遠慮に私の心と体に踏み込んでくる、あの男を思い出す。
みんな、みんな、大嫌い。
「村上、ミチ」
その名前を、呼ぶな。私の、大事な大事な、名前だ。
軽々しく、呼ぶな。
「……コーヒーでも、飲みましょうか」
水森さんは、ただ、微笑んだ。
その、底の知れない笑みは、水森貴一そっくりだった。

