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サキュバスちゃんの純情《長編》
第6章 花火と火花
「あと、営業部には気をつけて」
「……荒木さんも営業部ですよ?」
「この会社の営業部、ね。酒癖が悪い奴ばかりだから」
社員さんたちに聞かれないような声のトーンで、エレベーター内でこっそりと教えてくれた情報。取引先の営業部同士、接待をすることもあるのだろう。内情は書類を作るだけの私よりずっと詳しいはずだ。
うん、荒木さんの忠告は、聞いておこう。
エレベーターから降りてみると、確かにそこは花火大会特設会場だった。夏の暑い空気に混じって、食べ物の匂いがする。
広い屋上には、参加者が座れるようにブルーシートが敷かれ、端っこにはパイプ椅子と、ケータリングの料理と飲み物。既にビールを飲んで笑い合っているお偉いさんの姿があれば、ビールが足りないと走り回っている女性の姿もある。子どももいる。
「どこで食べてもいいし、どこで見てもいいみたいだね」
大きなタライの中に氷と一緒に浮かぶ缶ジュースを取って、ポテトとフランクフルトをもらって、適当に空いているブルーシートに座る。荒木さんは缶ビールを持っている。
「あ! 荒木くん!」
ほら、彼の姿を見つけた瞬間に、彼女が駆け寄ってくる。
日向さんは、緋色の牡丹の浴衣に、向日葵のような鮮やかな黄色の帯。とても、華やかだ。五万円のを買わなくて良かった。牡丹柄がかぶるところだった。
「荒木くん、浴衣よく似合ってるね!」
「ありがと。日向さんもね」
「ありがとー! あ、こっちのほうが花火見やすいんだって! こっちおいでよ!」
日向さんが強引に荒木さんを引っ張っていく。荒木さんは「一緒に行こう」と私も誘ってきたけど、彼の向こうに「来るな」と日向さんの無言の圧力を感じるので、苦笑いだけ浮かべて二人を見送る。
まぁ、こうなることはわかっていたけどね。私の視界内に二人がいなければ、それはそれで気が楽だ。