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サキュバスちゃんの純情《長編》
第7章 傷にキス

 八月六日、土曜日の夜、だった。
 その一本の電話は、きっと「抗いようのない運命」だった。

 末尾が一一〇で終わる番号からの着信に、シャワーを浴びたばかりの私はバスタオルを頭にかけたまま、大慌てでスマートフォンを引っつかんだ。

「は、はい!」
『月野あかりさんですか?』
「はい、そうです!」
『こちら、新代署の生活安全課、小畑(こはた)と申します。日下部賢人という少年が今こちらで補導されているのですが――』

 時刻は既に二十三時を過ぎている。夏休みだからと羽目を外して遊んでいたのか。
 警察官が相手だとどうしても声が上擦ってしまう。何も悪いことなどしていないのに。

『彼のご両親が海外旅行中でいらっしゃらないとのことなので、家庭教師の月野さんに保護者として引き取りにきていただきたく――』
「あ、はい、わかりました! すぐ行きます!」

 日下部賢人――ケントくんだ。
 親にバレるのが嫌で、私を「家庭教師」として呼んだのだとすぐにわかった。嘘はいけないけど、お芝居に付き合ってあげようじゃないの。
 新代署の場所を聞いて、最低限の荷物を持って部屋を出る。

 今日は散々健吾くんに抱かれたので、「もう無理」と逃げるように帰ってきた。結局、花火大会には行かず、冷房の効いた部屋のベッドの上で一日中ダラダラと過ごしてしまった。明日もこんな調子じゃ、体がいくつあっても足りない。壊れてしまう。
 脱童貞を果たしたばかりのハタチ男子の性欲は、際限がない。恐ろしいほどに。

 花火大会から帰る人の波を押しのけて、むやみにナンパしてくる男たちの誘いも無視して、ようやく新宿駅の南のほうにある新代署にたどり着く。
 署の三階の生活安全課へ向かい、オープンな部屋の中に、何人かの警察官に混じって、一際目を引く淡い栗色を見つけた。

「ケントくん!?」
「あー! あかりちゃんだー! ごめんねー!」

 ケントくんは長椅子に座って微笑みながら、悪びれることもなく声をかけてきた。その近くにいた男性が、こちらへ向かってくる。

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