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サキュバスちゃんの純情《長編》
第7章 傷にキス
足取り重く、駅のコンコースを行く。スーツ姿のまま、化粧直しもしないまま、待ち合わせ場所へ急ぐ。
周りの人たちの足取りは軽い。明日は八月の初めての祝日だからだ。
気が重い。本当に重い。できれば会いたくない。
けれど、彼はコンコースを抜けた先の出口の、銅像の近くで待っていた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
「そんなに嫌そうな顔をしなくても」
「嫌ですから」
彼から「会いたい」と連絡があったのは、月曜日。木曜日から夏休みということもあって、月火水と忙しいと言って断ったのだけれど、「どうしても」とお願いされたので、すべての仕事を片付けた水曜の夜にわざわざ出向いたのだ。
「なぜ私の連絡先を?」
「湯川から聞きました。渡したいものがあるのだと言って」
「じゃあ、それをもらったら帰りますので」
「いいじゃないですか。せっかく会えたのですから、少しくらいは楽しんでも。近くに美味しい居酒屋がありますので、そちらへ行きましょう」
いや、全然楽しくないんですけど。
今日は残業で疲れたし、明日からの軽井沢滞在に向けて荷造りをしないといけないんですけど。
あなたに会っている暇なんて、これっぽっちもないのですが。
「ここですよ。予約してあるので」
「はあ」
外観こそ普通の赤ちょうちんのある居酒屋だけど、名前が明らかにおかしい。
なに、どら猫亭って。いや、かわいい名前だけど、居酒屋っぽくはない。
ガラ、と扉を開けると「いらっしゃいませぇ」とかわいらしい声が聞こえてきた。出迎えてくれたのは、実際にかわいらしい女性従業員だ。
「あ、水森先生! お待ちしておりましたよ! あら、そちらは彼女さんですか?」
「いえ、違います」
「そんな、照れなくても! じゃあ、ご案内しますね」