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サキュバスちゃんの純情《長編》
第7章 傷にキス

「よくこういうお店知っていましたね。水森さんは高級店にしか行かないのかと思っていました」
「あぁ、知り合いの店なんです」

 ジョッキも何だか不思議と似合わない感じ。ワイングラスのほうが似合いそう。でも、枝豆も普通に食べている。
 案外、庶民的なのだろうか。医者の家系でそれはないか。

「あ、これ先にお返ししておきます」

 借りたままだったハンカチを差し出す。もちろん、洗濯してアイロンまできっちりかけてある。
 水森さんは「忘れていました」と受け取る。私も、会う予定がなかったので、返すつもりもなかったのだけど、それは内緒だ。

 ニコニコと笑いながら、ふわりとした笑顔の女性――名札に店長永田と書いてある彼女が、お皿を置いていく。だし巻きも来た。彼女、店長さんだったのか。

「永田さん、これは頼んでいませんけど」
「デート中の水森先生に、主人からのプレゼントです。鰯のさっぱり煮です。気にせず召し上がってくださいませ」

 若そうに見えたのに、既婚者だったのか。しかも、ご主人もここで働いているということは、夫婦で切り盛りしているのかもしれない。
「デートではありませんが、いただきますか」と水森さんは早速皿に手をつける。……だし巻き、好きなんですね。半分も持っていくなんて。

「……!!」

 醤油をつける前にだし巻きを一口食べて、私は立ち上がった。この味は、まさか。
 そして、カウンター席の奥にいる男性を見て――やっぱり、と思う。水森さんは不思議そうに私を見上げるだけ。

「永田板長!」と声をかけると、カウンターの向こうで作業をしていた男性がこちらを見て、「おおっ!?」と破顔した。

「ツッキーじゃねえか、お前。こんなところでどうした?」
「お久しぶりです! だし巻きの味、全然変わっていないから、すぐわかりましたよ!」
「そりゃ、お前、俺の至高の一品ってやつだからよ。相変わらず美味いだろ?」
「あら、お知り合いだったんですか?」

 永田店長が微笑みながらお皿を手にやってくる。微笑んでいる、のに、めちゃくちゃ怖い。目、笑ってない。
 一瞬、後退りしてしまう。

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