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サキュバスちゃんの純情《長編》
第7章 傷にキス
「ツッキーは料亭のときの従業員だよ、フジちゃん」
「仕事中はその名前で呼ばないでください、板長。私は店長です」
「ツッキー、そこの別嬪さんは俺のワイフな。妻な。奥さんな。ヤキモチ焼きなんだ、すまんな」
デレデレの表情で笑う板長に、カウンター席の女性客二人が「本当に美女と野獣ですよねぇ」と冷やかす。
美女と野獣……なるほど、確かに。
「ご結婚されて、お店まで持てたなんて、おめでとうございます! 奥様のおかげですか?」
「当たり前よぉ。フジちゃんが……店長がいなければこの店は終わりだもんな、別嬪さん方」
板長の言葉に、カウンター席の常連客二人が頷いて笑う。
髪の綺麗な常連客の女性のお腹は大きい。妊婦さんらしい。どうやらウーロン茶を飲みながら、ご飯を楽しんでいるようだ。
「そうですね、店長さんがいなくなったら終わりですよね、智子先生」
「そうね。通う意味がなくなっちゃうわね、しの……さとちゃん」
「いや、旧姓でいいんですけど」
所狭しと動き回っている店長の顔は、彼女たちから褒められたせいか嬉しそうだ。
男女問わず、彼女目当ての客が多いということだろう。もちろん、永田板長の料理目当ての常連客もいるだろうけれど。
いい奥さんをもらったんだなと、私まで嬉しくなる。
仕事の邪魔をしては悪いので、挨拶だけすませて席に戻る。水森さんはテーブルの上のものをきっちり半分くらい食べている。私の分を残してくれていたみたいだ。半分以上食べても良かったのに。
「……料亭でも働いていたんですね」
「住み込みで働かせてもらえたので」
「なるほど。よく覚えていましたね、だし巻きの味を」
「好き、なので」
「僕もです」
それだけで、何も言うことはない。美味しい料理を前に、頑なになるのも変な話だ。美味しいものは、美味しい。
水森貴一は水森貴一。
水森さんは、水森貴一ではない。
わかっている。
子孫は関係ないと言ったのは私なのに、一番気にしているのは、他でもない、私。私自身なんだ。