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サキュバスちゃんの純情《長編》
第8章 兄弟の提携

『次は軽井沢、軽井沢です』
東京からの新幹線の中で眠ってしまったらしい。真っ暗なトンネルが続く中、飲食物のゴミを片付けながら、嫌な夢を見た、と思う。
水森貴一の声は、忘れたくても忘れられない。ずっと覚えている。憎い声、憎い言葉。
なのに、私を抱く手は、私を見つめる目は、優しかった。本当に腹立たしい。いっそすべてが憎かったら良かったのに。
翔吾くんが、新幹線のチケットを送ってきてくれた。交通費くらい出せるのに、本当に過保護だ。
軽井沢のホームに降り、外気の暑さに辟易する。避暑地だからと言って、どこも涼しいわけではないようだ。
ストローハットをかぶり、キャリーバッグを転がしながら、指定された北口へ向かう。そこに翔吾くんがいるはずだ。南口はどうやらアウトレットなどのショッピングモールらしく、若い人たちはそちらへ向かって歩いている。
「へぇ、大きそう」
「行ってみる?」
セール中のポスターを眺めていたら、隣から声がかかる。見上げると、懐かしい顔。日に焼けた翔吾くんが、優しげな目で私を見下ろしている。
「久しぶり」
「久しぶり、翔吾くん。焼けたねぇ」
「うん、だいぶ。荷物、置いたら行ってみようか?」
キャリーバッグを持って、翔吾くんが歩き始める。私はそのあとをついていく。
「服とかの買い物は必要ないよ?」
「冷たくて甘いものは?」
「……欲しい、です」
「じゃあ、食べに行こうか」
翔吾くんには私の考えなどお見通しだというわけか。甘いものに釣られてしまう私が情けない。
けれど、少し違和感。
翔吾くんが少し離れて歩いている。私の右手も、彼の左手も、空いている。
手を握らないのは、なぜ?
荷物があったとしても、スキンシップ過剰な翔吾くんなら、絶対に繋いでくると思ったのに。
寂しく思いながら、翔吾くんの背中を見つめて歩く。

