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サキュバスちゃんの純情《長編》
第8章 兄弟の提携

「あ、スマホ!」

 こういうときのための文明の利器! と慌ててショルダーバッグを漁る。けれど。出会ったときに彼と一緒に選んだはずの赤いスマートフォンが、ない。シャラシャラ音を立てるストラップの感触も、つるりとしたケースの感触も、ない。
 嘘、でしょ?

 すべてのポケットを見ても、ない。新幹線で来るときのことを思い出しながら、私は一つの結論にたどり着く。

 ……キャリーバッグのポケットだ!

 チケットと一緒にしまって、そのままだ。チケットは出したのに、スマートフォンを出すのは忘れていた。キャリーバッグは翔吾くんの車の中。この状況で、お互いに連絡を取り合うのは、不可能だ。

「はぐれたときの待ち合わせ場所、決めておけばよかった」

 とぼとぼ歩きながら、泣きそうになる。心細くて、不安。迷子だ、私。
 最後に迷子になったのはいつだろう。道に迷ったのは、いつだっただろうか。

 叡心先生が亡くなったときは、人生の道に迷ったけれど、水森貴一が何とか道を作ってくれた。毎日私を抱きながら、対価として、娼婦をしていた頃以上のお金を支払ってくれた。
 水森貴一から離れても生活できるように、という、彼なりの手助けだったのかもしれない。あの頃の私には「憎い」という感情しかなかったけれど、彼なりの愛情だったのかもしれない。今でも憎いし、許すことはできないけれど、彼もまた不器用な人だったのだろう。

 戦時中、飢えた私に手を差し伸べてくれたのは、田舎の地主の坊っちゃんだった。
 生まれつき目が不自由な彼――召集命令すら来なくて親戚中から疎まれていた彼を、母屋から離れて一人でお世話をしながら、彼から精液を与えてもらっていた。

 今でも、飢える前に精液が確保できるのは、セフレさんたちがいてくれるおかげだ。彼らがいなければ、私は生きていけない。
 ケントくん一人でも精液の確保だけなら何とかなるかもしれないけれど、彼はまだ十五歳という「設定」だ。世間には内緒にしなければならない、リスクの高い関係だ。
 今、高リスク――ケントくんを選んで、セフレさんたち全員とお別れする勇気はない。
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