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サキュバスちゃんの純情《長編》
第9章 記憶と記録
スパゲティを食べ、洗濯物を干したあとで、紙袋の中のもう一冊を取り出す。
画集にしては小さく、分厚い本の表紙は藍色。白い文字で「貴録」と書かれてある。きろく、と読むのだろうか。
本の間に封筒が挟まっているのに気づく。取り出してみると、薄いピンク色の封筒に「月野様へ」と綺麗な字で宛名書き。送り主は、「水森千恵子」さん、だ。
水森さんのお祖母様が私に何の手紙だろう、と封筒を開けて中の便箋に目を走らせる。
先日の村上叡心展示会へ来てくれたことへのお礼、から手紙は始まる。そして、水森さんから「私の先祖が絵のモデルをしていた」ことを聞いて、いてもたってもいられなくなったこと、が続く。
水森貴一とのことを謝りたい、贖罪をしたい、けれど、あなたはそんなことを望まないであろうから、せめてこの画集と日記を受け取って欲しい、そう記されている。
「日記?」
貴録……水森貴一の、記録? 水森貴一の、日記!?
思わず、膝に置いていた藍色の本をソファに放り投げてしまうくらいには、驚いた。水森さんが、言っていたやつだ。日記が残っている、と。
いやいやいやいや、読みたくないし! 千恵子さんには悪いけど、今すぐ捨てたいくらい、私は彼を憎んでいるし!
『水森家を憎んでいただいても構いません。許すことなど、到底できないことです。けれど、あなたのお祖母様を愛した男がもう一人いたことを知ってもらいたくて、我儘を申し上げます。目を通していただけたら、幸いです』
千恵子さんの言葉に、心が動かされることはない。残念だけれど。
私を愛した男が、いた。
水森さんも言っていた。水森貴一は私を愛していた、と。
知っている。水森貴一は何度もそう言っていた。私がその言葉を拒絶し、受け取らなかっただけだ。私にとっては必要のない想いだったから。
必要のない愛は、私と先生を蝕むだけだった。
そんな男の日記を、どうしろと?