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サキュバスちゃんの純情《長編》
第9章 記憶と記録
ソファに置かれた藍色の日記から、水森貴一がゆらりと出てきそうで怖い。幽霊なら殴ることができないので、それは遠慮してもらいたい。
あぁ、でも、叡心先生のことが書かれてあるなら、書かれてあるはずだから……読んでみたいかも……いや、やっぱり無理! 無理でしょ!
ゆっくり読んでください、と水森さんは言った。疲れてはいるけれど、夜まで時間はある。今日は何もすることがない。
そろり、手を伸ばす。藍色の日記は、きちんと製本されている。テーブルに置いて、睨む。幽霊は出てこない。その状態のまま数分固まって、ようやく私は決心する。
表紙をめくり、目次を見ると、どうやら何年か分をまとめたもののようだ。年ごと、月ごとに分かれている。
さらにめくっていくと、二段組で上の段に日記の原本の画像、下の段に明朝体で印字されたページ――日記が出てくる。下段は現代語訳のようだ。原本は昔の字体だから、水森貴一の日記を誰かが訳したのだろう。
日記は、年月日とちょっとしたことが簡潔に書いてあるもののようだ。
『久保へ往診に行く。堺屋の容態が悪い』
……医者の仕事の内容が主なのだろうか? 短い文章で日記は淡々と続く。久保の堺屋とは懐かしい。あそこの当主はこのあとすぐに亡くなったはずだ。
『最近診療所によく街娼が訪ねてくる。貸座敷の久保の娼妓とは違い、言葉も下肢も品がない女たちだ。内容も避妊や中絶に関することばかりで辟易する』
私、街娼だったんだけど、水森貴一からは下品だと思われていたようだ。
登録制の娼妓と違い、違法な街娼だったから、見下されても仕方のない部分はある。当時から肩身の狭い思いはしていたのだ。
けれど、身分証明書のない私が精液を手に入れるには、そうするしか他に道がなかった。生きるために必要なことだったのだ。
それにしても、水森貴一にそういうふうに言われると腹が立つなぁ、何となく。
『土堂の画廊でいい絵に出会う。村上叡心という画家の絵だ』
その一文で、目を止める。
一旦深呼吸をして、再度目を通す。叡心先生のことが書かれているのなら、きちんと読もう。
ゆっくり、時間をかけて。