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サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末
「美味しいケーキ……」
「ラズベリーのタルトとレアチーズケーキが絶品なんです。アップルパイも季節のケーキも、美味しいです。毎日お店で焼いているんです。だから、あの、早めに行かないとすぐなくなっちゃうんですけど」
わたわたと身振り手振りでケーキの美味しさを伝えようとしたけれど、そんなもので味が伝わるわけがない。私はバカか。
荒木さんの顔を見ることができず、声が小さくなる。私は本当にバカか。
「へぇ。どこにあるの?」
「あ、吉祥寺です」
思わぬ質問に、思わず顔を上げる。荒木さんの満面の笑みが目の前にあった。
「レアチーズケーキ、好きなんだ。日曜ならたいてい暇してるから、月野さんの都合がいいときに誘ってよ」
「え、あ、っはい!」
あ……誘えた。
全身の力が抜けてしまいそうになるくらい、ホッとした。
どうしよう、誘えちゃった……!
「じゃあ、おやすみ、月野さん。ゆっくり休んでね」
「は、はい! 荒木さんも、っ、おやすみなさいっ」
セフレの皆の腕の中で言う「おやすみなさい」とは全然違う、ふわふわした心地の挨拶だった。
荒木さんは一度だけ手をヒラヒラさせて、元来た道を戻っていく。大通りでまたタクシーでも捕まえるのだろう。
くしゃくしゃになったジャケットの背中が遠く去っていくのを見つめながら、私はハァと一息吐き出した。
「っしゃ!」
小さなガッツポーズは、誰に聞こえることなく、闇に溶けていくだけだったけれど、私の心は光に包まれているかのように晴れやかだった。