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サキュバスちゃんの純情《長編》
第10章 黒白な告白
「……あかり?」
「お邪魔します、湯川先生」
くしゃくしゃになった水色のパジャマに、ボサボサの髪、マスクをつけた湯川先生の腕の間をすり抜けて、玄関から部屋に入る。
「ごめん、散らかっていて」
ガラガラの声で申し訳なさそうに湯川先生は言うけれど、広めのリビングは散らかっているようには見えない。テーブルの上に郵便物や何かの書類があるくらい。
けれど、なぜか、あの甘い匂いがする。柑橘系の、甘い匂い。あの女の人の。
……先生?
あの女の人、今までここにいたの? あの人、誰?
何で、何の用で、病人の先生に会いに来たの?
いろいろと聞きたい気持ちを抑えて、明るく尋ねる。
「……何か食べる? 飲み物飲む?」
「じゃあ、ゼリーと飲み物を」
「寝室まで持っていくから、寝てていいよ。冷蔵庫にいろいろ入れておくね」
「……ごめん、ありがとう」
フラフラしながらドアを開けて、寝室に湯川先生の姿が消える。それを見届けてから、キッチンに向かう。
詮索はしない。湯川先生は病人だ。
ほら、家族とか同僚かもしれないし。……運転手付きの、三つの頂点を持つ星型のエンブレムが目立つ、真っ黒なセダンに乗ってくる家族とか同僚がいるかもしれないし。
いるかもしれないよ、ね。うん、高級店で買った果物の詰め合わせとか、持ってくるような家族とか同僚が、ね。
カゴに入ったままの果物の詰め合わせが無造作に調理台の上に置いてあって、彼女が湯川先生のお見舞いに来たことがわかる。その詰め合わせの内容から、どれだけ湯川先生のことを想っているのか、も。
同僚なんかじゃない。絶対に違う。
――彼女が、病院長の娘、だ。
ここに、来たんだ。
それを理解しただけで胸が痛む。
もう、部屋に来るような間柄だってことなんだろう。顔合わせまで済んで、連絡先まで交換している関係なんだろう。風邪を引いたと聞いたら、お見舞いに気軽に来られるような、親しい関係、なんだろう。
何もかもが、私とは、違う。