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サキュバスちゃんの純情《長編》
第11章 幸福な降伏

「あかりさん、ありがとう」

 名前を呼ばれた。それだけで、思考も体もフリーズしてしまう。
 荒木さんの手のひらがキャビネットに押し付けられ、その両腕の籠の中に閉じ込められる。背後の熱。荒木さんの、体温。

「こっち、向いてくれないの?」
「……無理、です」
「何もしないよ」
「わ、私の名前を呼ぶときの荒木さんは、信用していません」

「そう」と荒木さんは笑って、「それは正解」と続けた。

「逃げないの? 俺、こんな狭いところにあかりさんと二人きりで、我慢しすぎておかしくなっちゃいそうなんだけど」
「……職場でそういうことはしないでしょう、荒木さん」
「それは俺を買いかぶり過ぎだよ、あかりさん」

 定時はとっくに過ぎている。
 さっき見回りの警備員さんが「もう二人だけだよ」と呆れたように言っていたのも覚えている。
 社内に私たちしかいなくても、荒木さんが妹尾さんのように職場で私に迫ってくるとは思えないのだ。

「……私、マゾじゃないので荒木さんとはお付き合いできません」
「それは知ってる」
「セックスだけの関係なら、他を探してください」
「別に、セックスだけの関係を求めているんじゃないんだけどなぁ」

 はぁと熱っぽい吐息がうなじにかかる。その次の瞬間には鼻がすんと鳴る。また匂い嗅がれた!

「Mの子を探してセックスをするだけならどうとでもなるよ。今まで通りだから。でも、俺は、あかりさんがいい」

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