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サキュバスちゃんの純情《長編》
第11章 幸福な降伏

 荒木さんとの関係は良好だ。表向きは。
 今まで通り、仕事はきちんと片付けるし、報告連絡相談も怠らない。お互い、仕事に余計な感情を持ち込むほど、子どもではないのだ。
 ただ、少しだけ、会話は少なくなった、笑顔が作りものになった、と思う。それだけだ。

 それだけなのに、距離を感じてしまって、少し寂しいと思っている私がいる。
 もちろん、自分から彼との距離を縮めていくほど愚かではない。そんな、感情を煽るようなことはできない。
 寂しい、という気持ちだけ胸に残したまま、私は荒木さんの前から去るのだ。四ヶ月後には。
 それが、正しい選択。正しい道なのだ。

「良かったじゃないですか。何もかも丸く収まって」

 水森さんは冷酒を飲みながら、炙られたエイヒレをつつく。私はビールを飲みながら、だし巻きを食べる。サバの味噌煮も食べる。相変わらず、永田板長の料理は美味しい。

「本当に、これで良かったのでしょうか?」
「いいんじゃないですか。今回は二人も伴侶を得ることができたのですから、食事に関しては問題ないでしょう」
「そういう問題ではないんですけど」

 じゃあどういう問題なのか、と聞かれても困る。
 湯川先生と翔吾くんへの情を捨ててまで荒木さんを手に入れたいという思いはない。荒木さんをセフレにしたいという気持ちはあっても、恋人二人のほうが大事だ。
 あぁ、そうか。
 優先順位に、私の気持ちがついていかないのが問題なのかもしれない。

「すべての人間にいい結末を与えることはできませんよ」
「わかっています。わかっていますけど。理屈じゃない、じゃないですか」

 平日のどら猫亭はそこまで混んでいない。今夜もカウンターではなく、半個室のほうを使わせてもらっている。
 永田店長は相変わらずかわいらしく、狭い店内を歩き回りながら、おじさん方に愛想を振りまいている。

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