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サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末

 水森さんはいつの間にか私を見つめていた。椅子の上で、私はぎゅうと両手を握る。視線が、怖い。
 あぁ、見ないで。
 お願いだから。
 それ以上は、言わないで。

「明治大正時代、裕福だった水森は、とある画家を援助していました。衣食住のすべての面倒を見ていたようです。その当時の日記に、その様子はきちんと記され、歴代当主の手によって正しく保管されていました」

 愛想笑いも浮かばない。体が強張る。震えをごまかすために、何度も手を握る。

『アァ、今宵も酒が旨い。お前も呑むか』

 月の出た晩はいつも縁側で盃を傾けていた人。

『肌が白いなァ、お前は。いつかお前の体に絵を描いてやろう』

 いつまでも、いつまでも、筆を握っていた人。

「その画家の名は――」

『なァ、お前……一緒に死んでくれるか』

 手が、届きさえすれば――一緒に逝けたのに。
 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、過去の人。

「……村上叡心(えいしん)」

 水森さんの口から零れたのは、私が唯一、身も心も捧げた、最愛の男の名だった。
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