この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末

水森さんはいつの間にか私を見つめていた。椅子の上で、私はぎゅうと両手を握る。視線が、怖い。
あぁ、見ないで。
お願いだから。
それ以上は、言わないで。
「明治大正時代、裕福だった水森は、とある画家を援助していました。衣食住のすべての面倒を見ていたようです。その当時の日記に、その様子はきちんと記され、歴代当主の手によって正しく保管されていました」
愛想笑いも浮かばない。体が強張る。震えをごまかすために、何度も手を握る。
『アァ、今宵も酒が旨い。お前も呑むか』
月の出た晩はいつも縁側で盃を傾けていた人。
『肌が白いなァ、お前は。いつかお前の体に絵を描いてやろう』
いつまでも、いつまでも、筆を握っていた人。
「その画家の名は――」
『なァ、お前……一緒に死んでくれるか』
手が、届きさえすれば――一緒に逝けたのに。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、過去の人。
「……村上叡心(えいしん)」
水森さんの口から零れたのは、私が唯一、身も心も捧げた、最愛の男の名だった。

