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サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末

「ゆ、湯川先生、村上叡心をご存知なんですか?」
「ええ。裸婦像は居間や診療所に飾っていたから、何度も見ているわよね。一番のお気に入りは、康太が持っていた、見返りの裸婦像じゃなかったかしら」

 見返りの裸婦像……どういう構図だっただろうか? どういう状況で描いたものだっただろうか?
 思い出せない。出来上がった絵は、いつの間にか水森貴一の元へと運び込まれていたから。完成したものを見たことがあるのは、ほんの一握りの絵だけだ。
 いや、でも、ひと目見れば思い出せるのに。

「あれも展示会に出しましたよ。今僕の診察室に飾ってあるのは、プリントしたものです」
「フェルメールの『真珠の髪飾りの少女』のような構図で……左肩のほくろが白い肌にとても映えているのよね」

 お祖母様の言葉に、頭を殴られたかのような衝撃が走る。絶望で、目の前が真っ暗になる。
 湯川先生は、ほくろを知っている。
 ほくろにキスするのは大好きだし、後ろからするときは、いつも髪をどけてほくろが見えるようにしていた。私のほくろが好きなのだと、いつも、笑っていた。

「だから、月野さんが湯川くんの恋人だと聞いて、納得してしまったのよ、私」

 お祖母様、私は。

「湯川くんは、運命の人を見つけたのね、なんて、さっき年柄もなくはしゃいでしまって。加代子さんと晴子さんにたしなめられてしまったの」

 お祖母様は少女のようにあどけなく笑う。

「だから、是非、二人でいらしてね」

 チケットに印刷された展示会の期間は、七月十五日から三十一日まで。およそ二週間。

「その期間、湯川の出張はなかったはずです。一緒にどうぞ」

 水森さんの笑顔に、私はただ曖昧に頷くしかできなかった。
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