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サキュバスちゃんの純情《長編》
第3章 迷惑な思惑

『体調良くなった? 今週末会える? 連れていきたいところがあるんだ』

 湯川先生のメッセージに、嫌な予感がする。今週の土曜日は七月十六日。村上叡心展が始まっている期間だ。
 うぅぅ、どんな顔をして先生に会えばいいのかわからない。
 何もないような顔をして? いつも通り? いつも通りってどんなだった?
「実はあかりにそっくりな絵を知っているんだ」と切り出されて「絵よりもあかりをそばにおいておきたい」なんて言われたら、もう逃げ出すしかないじゃないの。逃げ出すしか。
 ……あぁ、東京に来てまだ五年だったのに。
 何もかも捨てて逃げ出すことの難しさを、湯川先生は知らない。「月野あかり」の身分証はまだ使えるけど、違う土地でセフレを探すのは大変なのに。

「何か悩み事? 難しい案件?」

 朝から溜め息ばかりの私に、隣の佐々木先輩が心配して声をかけてくれる。優しい人だ。

「いえ、大丈夫です。何とかします」

 パソコンに向かい、エクセルと資料を睨みつけ数字に間違いがないか確認する。データベースから持ってきたデータだけれど、たまに入力ミスで違う部署のものや違う月のものが混在していることがあるから、チェックは怠らない。
 あとはこれを集計して、二軸グラフにまとめ、荒木さんにメールで添付するだけの簡単な仕事だ。
 文明の利器が誕生して生活も仕事も楽にはなったけれど、使いこなすまでには時間がかかるし、人為的ミスも多い。二重のチェックをするのは非効率だけれど、確実な数字を出して営業部に伝えるのが、私たちの仕事なのだ。

『荒木さん、お疲れ様です。頼まれていた集計、できました。ご確認ください。』

 パスワードをつけたエクセルファイルを添付して、送信ボタンを押そうとして……やめる。キーボードに手を置き、続きを入力する。

『レアチーズケーキ、来週の日曜日はどうですか? 二十四日です。もし都合が良ければ、連絡ください。月野あかり』

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