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甘蜜トラップ
第4章 惰性と欲求
「誰がなかったことにしたって?」
「え、」
秋の半ばといえどもまだ生暖かい風が吹いている中、私は柳瀬に腕を引かれて抱き寄せられた。
「外だし見える、よ」
「もう見えないよ」
確かに辺りは暗くなっていて、運動部が使うグラウンドがライトで照らされているくらいだ。これからもっと陽が沈むのが早くなるんだろう、そうして春が来たら私はもう二年生になる。
あっという間に時が流れて山中のことも忘れて、柳瀬のことだって忘れる。柳瀬だって私がこんな最悪な生徒だってことをそのうち忘れるんでしょう?
柳瀬の匂いがした。
香水だと思う。
爽やかなのに落ち着いた大人の男の匂いだ。
安心する。
「柳瀬、」
「お前は本当に手のかかる生徒だよ」
「……そういうハズレが一人くらいいたって柳瀬はバチ当たんないよ」
「当たるんだよ、ガキには分かんないだろうけど」
「な、」
分かってるっつうの。
山中の二の舞になるってことはちゃんと理解している。
柳瀬のことは嫌いじゃない。だから終わりにしてやろうと思っている。一回だけでいい。後を引くような鬱陶しい女にはならないから。
「でも」
身体を離され、なにを言われるのかとドキドキしていると柳瀬は小さくため息をついた。
「橘といると時々そういうのどうでもよくなる瞬間がある」
「……」
「帰るよ」
「え?」
「送る」