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甘蜜トラップ
第4章 惰性と欲求
呆れた?
怒った?
面倒臭い生徒だって思ってる?
なにも言わない柳瀬に対してなにも言えなくなってしまった私は、車内でじっと外を眺めていた。
見覚えのあるマンションへ、やや強引に引っ張り込まれた私に柳瀬は「家に電話しておきなさい」と単調に告げる。
「……はい」
多分怒っているんだ。
なんとなく逃げ出したくなった。
私は所詮その程度の人間。
他人なんてどうでもいいって表面上は着飾って、中身は人に見捨てられることに怯えている。彼はそんな裏の私を見透かしているんじゃないかと思う。
だから時々、怖いと思うんだ。
エレベーターの中でも無言。
家の鍵を開けるところまで無言。
息が詰まりそう。
「やな、」
ーーパタン、と静かに音を立てて閉まったドア。すぐに鍵を閉めた柳瀬は私の腕を引いて寝室に向かおうとしたが、驚いて「待って」と呼び止めてしまった。
「柳瀬、」
「呼び捨てするな」
「あ……ごめん、なさい」
「気にしてんのは風呂だろ、浴びてきな」
「はい……」
驚いて、だけだろうか。急上昇した心拍数は深呼吸なんかじゃ落ち着かない。熱を持った頬に右手を添えて冷やしてみようにもそんな程度のものじゃない。
だって柳瀬じゃなかった。
いつもの柳瀬じゃなかった。
なんで私こんなに緊張してんの? 私も私じゃないみたい……なんで……。
シャワーを浴び終えて一度深く深呼吸し、整える。脱衣所にはバスローブとタオルが用意されていた。
期待なのか不安なのか心臓は激しく音を立てている中、リビングに向かう。
「……あの、柳瀬、先生」
「ふ、」
「な、なんで笑う」
「冗談だよ」
なにが?
ポンポンと頭を撫でられた後、私はリビングに取り残された。柳瀬はシャワーを浴びに行ったのだろう。
少しして水の音が聞こえてきた。耳を傾けながら、濡れた髪をタオルで拭く。
「……一体、なんなの」
なにが冗談?
私が動揺している姿を見て楽しんでいるようにさえ見えた。そんな姿に不覚にもドキッとした自分もいる。
腑に落ちない。
「あー……あー、」