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甘蜜トラップ
第2章 快楽と堕落
早一週間、柳瀬は担任を任されただけで授業にはいない。かろうじて美術部の私は柳瀬と話す機会があったが、他の生徒はおそらく殆どないだろう。
まあでも前田さんは例外だ。彼女は柳瀬が来てから美術部に入部届けを出した。それについて陰口を言う女共は多い。
私は別に前田さんがいつもやる手口だなって傍観しているだけ、だけど、それより美術ってやるとなるとそれなりに画材に費用がかかって、決して安くはない。
部活では借りられるにしても、消耗品なんかは学校が負担してくれるわけもなく。あまり予算のない貧乏部だから。幽霊部員の私が言うのもなんだけど。
窓の外は相変わらずの青い空で、腹が立つくらい憂鬱。山中が捕まった頃みたいに周りが馬鹿みたいに騒げばどうでも良くなるのに、やけに静かでそれがなぜか落ち着かない。
ボケーっとしていると、目の前でカァン、と音がした。前の机からボールペンが落ちた音、だ。転がって、留まって、私を呼ぶ。助けて、と。ボールペンが。
「ねえ、前田さ、」
「柳瀬先生っ!」
え?
「前田か、どうした?」
「私美術部入ったんですよ!」
「ああ、知ってるよ。部員が増えて私も嬉しい」
「そこで今日絵の具買いに行きたいんですけどぉ、付き合って貰えませんか……?」
放課後、皆が教室から出て行く時刻。私は前田さんの落としたであろうボールペンを拾い、渡そうとしている途中。
「それなら、ああ、後ろの橘(タチバナ)にでも付き合ってもらうといいよ」
「は?」
私?
「えっ、でも私、まだ分かってなくて、生徒同士より先生と一緒の方がしっかり選べると思うんです……!」
「でも橘の方が」
嫌なら嫌って言えよ。
ていうかなんでボールペン落とすんだよてめえ、とか、なんで私の声を無視した? とか思いながら。いちいち、ムカつく。そういや生理前かも。
「私忙しいんで他人の世話なんか出来ませんよ」
教卓にボールペンを叩きつけて教室を出た。
なにも言ってやることはない。
腹が立つだけ。別に私は柳瀬に興味があるわけじゃないけど、ただ、前田さんの態度が気に入らない。露骨過ぎて。
それに対しての柳瀬の態度も気に入らない。私が私に問いたい。私は一体何様なんだ、って。分かってるよ、偉そうなこと考えてるって。なんか、もやもやする。