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甘蜜トラップ
第3章 感情と強制
泣き続ける前田さんにもう一度ごめんと謝った。頭を下げろとか感情がこもっていないとか男共に言われてさすがに手をあげそうになったとき、ふいに名前を呼ばれた気がして振り返る。
「おーい、橘」
「やな、」
先生。
なんで。
「暴力はだめでしょう。先生から話があります、来なさい」
ざまを見ろ、と嘲る声が聞こえた。頭の中ねじれそうなくらい痛くて、でも泣きそうな気持ちにはならなくて。身体と心が分離したみたいな感覚だった。
教室を出て柳瀬についていく。職員室でも行くのかと思えば、例の裏階段で。だからもう来たくないんだってば、と内心毒を吐く。
「橘」
「ねえ先生」
「ん?」
「なんで、ギャルソンの格好してるの?」
「無理やりさせられたんだよ」
「先生生徒にナメられてるんじゃ……」
「こら」
裏階段の埃っぽさに安堵して階段に腰を下ろす。表は賑やかで裏はがらんとしていてとても静寂に包まれている。この人気のなさが安心感を与えてくれた。
1人じゃないからかもしれない。
「橘、手をあげちゃ駄目だよ」
「あげてないし」
「止めなかったら?」
「グーで殴ってたと思う。でも実際には叩かれたの私だし。見てなかったの?」
ほら、と柳瀬の手首を掴んでてのひらを頬に寄せる。触れると冷たくて、体温低いんだなと思った。見た目からして不健康そうだけど。
骨張った手の甲。
「見てたら止めに入ってる。……熱いな、少し腫れてるし、保健室行こうか」
「いい。先生の手冷たいし氷みたいだから触ってたい」
「そういうこと軽々しく言わない」
「怒った? てか、止めに入って私を叩いた前田さんを呼び出して、私がいましてることが前田さんだったらって思うとなんか嫌」
彼女ならやりかねない。
私より酷いこと。やらせない。
もう誰も奪わせない。
「……なんで」
「先生?」
「なんでそういうこと言うの」