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甘蜜トラップ
第3章 感情と強制
「偶然目が合ったんじゃなかったんだね。直接言うの勇気いったでしょ」
「まあ。腐っても教師だから、一応」
「柳瀬は煙草頂戴って言ったらくれるかなって思ってたのにな」
「それは俺の知らないところで勝手に吸って」
「腐っても教師なのに大人としてそれどうなの?」
「うるさいマセガキ」
「誰かに見つかったら柳瀬に煙草吸ってもいいって言われたって言うね」
「おい」
気が紛れる。
嫌なこと全部なくなってしまえばいいのに。でも、今日前田さんと直接対決しなかったら多分柳瀬とこうやって話すこともなかっただろうし。この前と今日と印象変わったかも。
掴みどころがないのは変わんないけど。
「はは、私教室戻るね」
「頑張れ。服は着替えなよ」
「あ、うん」
服のこと忘れてた。こぼされたんだった、茶色のシミが残っている。頭の中がそれどころではなくて、頬の痛みさえ忘れかけていた。
階段をおりて下にーー……たとえば、これがハッピーエンドなら私はここで瑞樹と穏やかに顔合わせが出来て、それでまた前みたいに2人で一緒にいられるのに。
声がする。
彼女が邪魔だと思ってしまった。
私と瑞樹が急に離れないとならなくなった理由に彼女が関与していると女の勘が働いてしまったからだ。
「ん、ぅ、ミッキ……ぁ」
か細い声だと思った。
ぶりっ子で甘ったるくいつも媚びるように男に向ける目と声と指先までもが女の塊で、私は多分それが苦手だった。だから直接どうこうってのはしたくなくて私と同じジャンルの人間だとも認めたくなくて重たい瞼を伏せてきたのだと思う。
派手に動いて派手に泣いて喚くくせに、瑞樹を呼ぶ声は聞こえるか聞こえないかくらいに小さくて媚びよりも寂しさを帯びて、僅かな喜びを孕んでいることも伝わってくる。
私はその場から下に行く勇気がなかった。
別に、付き合ってないし。瑞樹とはそんなんじゃないし。でもなんだろう、前田さんに瑞樹を奪われたとか言われる筋合いはないっていうか、奪われたのこっちなんですけどっていう気分……、なんだけど。
駆け足で階段を上って、その男と目が合う。
「秒速で戻ってくるとか、どうしたの」