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甘蜜トラップ
第4章 惰性と欲求
「あれ? もう僕のこと忘れちゃったかな」
「……ごめん」
「ほら、美術室で忘れ物してた」
「ああ、うん。さっき会ったね」
でもやっぱり名前は教えてくれないんだね。
「そう。たった1時間前くらいなのに忘れるの早過ぎない? 変だよ」
失礼な。
興味ないんだよ。
一人称が僕の男の子なんてこの学校に何人いるんだろう。猫被ってるようにしか見えない。私が捻くれているから?
下駄箱から靴を取り出して、上履きを仕舞う。「あー待って待って一緒に帰ろうよ」と声をかけてくる彼に少し苛ついた。
「なんで?」
「橘さんのこと気になってるからかな」
「嘘くさいね」
「嘘じゃないよ」
「忘れ物は?」
「ああ、見つかったよ」
「……」
良かったね。
言おうと思ったけど、声にならなかった。
瑞樹に置いていかれて拗ねていることを自覚すれば、いまの私の鬱陶しい態度はただの八つ当たりだ。彼に罪はない。かといってごめんと謝るのも変な気がして言えなかった。
「柳瀬とは会ったの?」
「柳瀬先生? 会ったよ。次に職員室行ったときはいたんだ。だから美術準備室を開けてもらってね」
「準備室?」
「あー、うん。ほら、僕って美術部の幽霊部員じゃん?」
「知らないけど」
野球部、サッカー部辺りじゃなかったっけ。
そもそも美術部はそんなに活発じゃない部活動で私も幽霊部員みたいなもの。お互い部員同士の干渉は殆どないんだから、たとえクラスメイトであっても話すことはない。