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恋いろ神代記~縁離の天孫と神結の巫女~(おしらせあり)
第7章 兆し
(……穂だ)
と、神依には名前も分からない、水辺に生え花も実も無きが故に見向きもされない、青い稲のような麦のような植物を指先でつるりと抜いた。
 そうして社の前に立つ頃には既に中央に花の台(うてな)ができており、触れ合って落ちたものが周りの川で花の筏(いかだ)となって浮かんでいた。
 花藻を捧げれば、子龍が甘えるように神依の頬をくすぐる。
(これでいいんだ)
それで神依は少しだけほっとして、触れ合った神々の姿を思い浮かべながら手を合わせた。
 またそれが終わると朝餉までの僅かな時間、よく庭から八衢を眺めた。
 奥社にいる頃には見ることができなかった夜明けの雲海は、あわく儚い色が混ざる硝子細工のよう。透明な金、柔らかな紫、散る桜色。海も空も、水平線の無い世界。
 鼠軼は新たな家主となった神依を随分気に入ってくれたようで、そういう時にはよく祠から姿を現していろんな話を聞かせてくれた。
 「神依、お主は海が好きか?」
「はい。……お母さんのお腹の中みたいだなって、思ったこともあります」
「そうか。この海の向こうにはな、常世(とこよ)の国があるという」
「とこよ?」
「んむ。海の彼方に海の底、月の上にもあるとされる理想郷じゃ。またあらゆる命の魂の故郷とも。故に海は母たるか──伝説では争いもいさかいも無い世界で、そこに住む者達には老いも病も無いというがな」
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