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暁の星と月
第4章 夜啼鳥の夢
「…私は…お兄様には秘密の恋人がいらっしゃるような気がしてならないの」
雪子の手を握りしめる手がびくりと震える。
「…秘密の…恋人…?」
「ええ。…誰にも打ち明けていない密かな恋…。でなければ、あんなに恋に無頓着なはずはないわ。夜会でもお茶会でもお兄様目当てのレディはたくさんいらっしゃるのに…」
「…そう…ですか…」
…それはそうだろう。
大紋がもてない筈はない。
一緒に夜会やお茶会に出席していると、熱い視線は必ず大紋に注がれる。
それを指摘すると
「…僕じゃない、君の方だよ」
と、いなされるが…。
暁は分かっていた。
女性から自分に注がれる視線はまるで、絵画か彫刻を鑑賞するそれだ。
決して現実的な生々しいものではない。
しかし、大紋に注がれる視線は、正に魅力的な雄を見つめる熱い色めいたものだ。

…大紋と絢子が再び、隣を滑らかに滑るように踊り、廻ってゆく。
絢子はだいぶ緊張が解れたのか、その品良く整った顔に輝くような笑みを浮かべ、大紋を見つめていた。
大紋の笑顔は変わらない。
大人の余裕を感じさせる洗練された表情だ。
大紋が何か話しかける度に、絢子の頬は紅潮し、その美しいドレスが夢のようにふわりと舞い上がる。

…いつか…
暁の胸はずきりと痛む。
…いつか、春馬さんはこのような可愛らしい奥様を迎えられるのだろうか…。
…それはそう遠くはない未来かも知れない…。

不意に塞ぎこんだ暁に、雪子は心配そうに顔を覗き込む。
「…どうされたの?ご気分でもお悪い?」
気を取り直し、笑顔を見せる。
「いいえ、何でもありませんよ」
雪子は少し躊躇いながら尋ねる。
「…暁様には好きな方はいらっしゃらないの?」
暁ははっとして、しかしすぐに仄かな笑みを浮かべる。
「…さあ…どうでしょう…」
雪子は密かに落胆しながらも、わざと大げさに嘆いてみせる。
「あ〜あ、そこでお世辞にも私の名前を出さない所が暁様よね」
暁は慌てて詫びる。
「すみません…!…あの…僕は雪子さんのことを嫌いな訳ではないのです。…寧ろ、好きです。貴女の闊達とした所や陽気な所や…僕にない素晴らしい長所をお持ちで羨ましいくらいに…でも…」
すかさず語尾を引き取る。
「恋愛感情の好きではないのよね。…分かっているわ。…分かっているけど…ちょっと聞いてみたかったの…」
寂し気に笑う雪子の背中を、暁はそっと抱き寄せる。




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