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暁の星と月
第4章 夜啼鳥の夢
12月の声を聞く夕べ、大紋は上野の音楽会館のロビーにいた。
すらりと長身で整った体躯に、極上の燕尾服の正装で身を包み佇む大紋を、華やかに着飾った淑女達はちらちらと熱い視線を送りながら通り過ぎる。

大紋がふと腕時計に眼をやった時、近くで柔らかな声が響いた。
「…春馬さん…」
眼を上げると、黒い燕尾服にホワイトタイの暁が立っていた。
大紋は眼を細めて笑いかける。
「…暁」
公の場所で二人で会うのは久々だった。
親友の弟なのだから、別に連れ立って歩いても不思議がられはしないのだが、余り頻繁に会うと礼也に怪しまれはしないかとの懸念が働き、どうしても武蔵野の家での密会が主になってしまう。
暁は気にする様子はなかったが、却ってそれが不憫でならなかった。
久しぶりに見る恋人の正装姿はきらきらと美しく、透明感を纏い輝いていた。
美しい男性二人に、ロビーで談笑する婦人や令嬢達は熱い視線を送りながら、扇子越しに密やかに囁き合う。
大紋も社交界の名士だが、暁も縣男爵の美貌の弟と名を馳せているので、自然と注目を集めてしまうのだ。
そんな周囲の様子に苦笑しながら、大紋は愛しげに声をかける。

「雪子が急に呼び出してしまって、すまなかったね」
暁は目の前の知的で洗練された雰囲気を嫌味なく醸し出している美しく成熟した恋人を嬉しげに見上げる。
「いいえ。丁度、今夜は予定はなかったですし…」

「ベルリンフィルの第九のチケットが手に入ったの。暁様、ぜひご一緒して下さらない?」
雪子から、はきはきと闊達な電話が入ったのは今朝のことだった。
聞けば、音楽会には大紋も行くと言う。
礼也は筑豊に視察中だし、家に一人も詰まらなくて快諾したのだ。
「…本当に我儘で困るよ。末っ子で女の子だから両親が甘やかしすぎたんだな」
兄らしく厳しい顔をしてみせる大紋が微笑ましくて、暁は思わず笑ってしまう。
「雪子さんは素敵な方ですよ。それに…僕は春馬さんにお会い出来て、嬉しい…」
美しい黒目勝ちの瞳で見つめられ、大紋の胸は甘く締め付けられる。
人目に見えないようにさり気なく手を握り、囁く。
「僕もだ…。…今夜は音楽会の後、精養軒に予約をしてある。三人で食事をしたら雪子はタクシーで帰宅させるから、僕の車でそのまま武蔵野の家に行こう…」
暁の目元が、朱を刷いたように染まる。
「…いや?」
暁は首を振る。
「…嬉しいです…」

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