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暁の星と月
第4章 夜啼鳥の夢
「…僕は…貴方の足枷になりたくなかった…」
白磁の如くなめらかな頬を溢れ落ちる水晶のような涙を、大紋は唇で吸い取る。
「…君の枷なら望むところだ」
「…貴方を不幸にしたくなかった…」
「…君と別れることが最大の不幸だ…」
「…貴方にはもっと素晴らしい人生があるかも知れないのに…」
「…もういい。…もう何も言うな…」
大紋は暁の哀しいまでに美しい貌を引き寄せ、優しく唇を重ねる。
甘く切なく濃密なくちづけが幾度も交わされる。
透明な涙が絡む長い睫毛が震える。
暁の蒼ざめた頬が桜色に染まる。
唇が熟れた果実のように色づく。
…綺麗だな…。
もう幾千回も感動したことを今更ながらに呟く。

「…絢子さんにはきちんと話したよ。…誠実に話して、断った」
絢子の名前を聞いて、小さく震える暁を静かに抱き締める。


…雪子を先に飯倉の家に帰し、大紋は自分の運転で絢子を麹町の西坊城子爵邸に送り届けた。
車が屋敷の前に着いた時、絢子は恥じらいと喜びに顔を輝かせながら、告げた。
「…どうぞお上りになってください。お茶の一つでも差し上げたいですし…父も母も春馬様にお礼を申し上げたいはずですわ…」
「いいえ。…絢子さん…少しお話があります」
執事や家政婦が出て来る前に、大紋は告げなくてはならなかった。
今なら車内に二人きりだ。
絢子が不安そうな顔をして大紋を見上げる。
「…もうお父上からお聞き及びかも知れませんが、私には愛する人がおります」
華やかな友禅の膝の上できちんと揃えられた絢子の白い手がびくりと震える。
「…その人をとても愛しているのですが、事情がありまして結婚することは出来ません。ですから、私は生涯どなたとも結婚することは出来ないのです。…もしも、絢子さんがまだ私のことを想って下さるのなら、大変僭越ではございますが、私のことはどうぞお見限りになってください」
暫くの沈黙の後、絢子が震える声で呟くように言った。
「…羨ましい…」
「…え?」
「…その方のことが…私は羨ましいです。…ご結婚出来なくても、こんなにも春馬様に愛されておられるその方が…私は羨ましいです…絢子は…その方になりたかった…」
絢子の悲痛な叫びに大紋の胸はずきりと痛んだ。
純粋な乙女の告白は予想外に心に堪えた。
…しかし、大紋は心を鬼にして告げた。
「…申し訳ありません。私の心にはその人しかいないのです」





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