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暁の星と月
第7章 愛と哀しみの円舞曲
「…兄さん…」
「…梨央さんは、綾香さんとの愛を私に告白された時に、泣いておられた。…申し訳ないと…。そして、もし綾香さんと巡り合わなければ、梨央さんは私と結婚していたと…。そのお言葉を聞けただけで、私は充分なのだ」
礼也は暁を抱き締めたまま、まるでお伽話を語るように続ける。
「…私は、梨央さんを小さな頃から見守ってきた。…もちろん、私は梨央さんを妻にして一生を共にしたかったが、それよりも違う人生で梨央さんが幸せになれるのなら、それを尊重したいのだ。
梨央さんが私よりも愛する人を見つけ、その人と一緒に生きることで幸せになれるのならば、それで良いのだと思う。
私は梨央さんが幸せに輝く姿が見られたらそれでいい…。
…それくらいに、私は梨央さんに憧憬しすぎてしまったのかも知れないな…」
…礼也の梨央に対する愛は深いのだと、暁は今更ながらに思い知らされた。
「…兄さん…」
暁は、嗅ぎ慣れた兄の芳しいトワレの薫りに包まれながら、涙を流す。
…優しい兄さん…
自分のことよりも愛する人の幸せを尊重する兄さん…
そんな優しく大きな人だから、自分はいつまでも、兄のことを想い続けてしまうのだと思う。

礼也は、暁の白い頬を流れる涙を優しく指で拭う。
「…私の代わりに泣いてくれるのか…」
「…兄さん…」
礼也の瞳の色は、気づかないほどのほんの僅かな哀しみの色を湛えていた。
…そうだ。いくら梨央さんの意思を尊重するとはいえ、兄さんが愛する人を諦めて、哀しくないはずがない。
兄さんはいつも、そうやって悲しみや辛いことを堪えて、胸の奥にひた隠しに隠して、穏やかな美しい笑みを見せているのではないか…。
暁の胸は甘く切なく疼いた。
「…兄さん…。僕は兄さんの側にいます。…いつまでも…いつまでも…兄さんの側にいる…」
暁は、常に強く誰よりも頼りになる兄の孤独な魂の一部に触れたような気がして、まるで少年時代に戻ったかのように、兄に縋り付いた。
「…暁…。ありがとう…。私も可愛いお前にはいつまでも側にいてほしいよ。私はお前を手放したくはない。…だが…」
礼也の大きな手が暁の小さな貌を包み込むように持ち上げる。
礼也の真摯な眼差しが暁を見つめる。
「…お前は…大丈夫なのか?」
「…え?」
暁は長い睫毛を瞬かせる。
「…お前は、辛い恋をしているのではないか?」

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