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暁の星と月
第7章 愛と哀しみの円舞曲
「…奥様…」
「おわかり?わたくしは縣の家を憎んでいるの。…舅は炭鉱夫上がりで、教養も無く、文字もろくに読めないような人だったわ。わたくしを息子の嫁に決めたのは、わたくしの父親が大銀行の頭取だから。…ただそれだけよ。わたくしを気に入ったわけじゃない。
夫もそう。…わたくしとの結婚はただの政略結婚。わたくしを愛していたわけじゃない。
夫は女好きで、結婚した時に既に三人も外に愛人がいたわ。…婚外子も貴方だけじゃないかもしれない。
…礼也さんが生まれて、ようやく生き甲斐が出来たと思ったら、舅に取り上げられ、帝王学を身につけさせるとわたくしから引き離されたわ。お陰で、礼也さんは舅に心酔して、わたくしの言うことなど聞きもしなかった。…そのうち、夫は屋敷のメイドにも手をつけるようになったわ。…わたくしの目の届くところで」
黎子の積もりに積もった暗い怨念が詳らかになる瞬間を目の当たりにする。
「…だからわたくしは縣の家が醜聞に塗れようと、何とも思わないの。寧ろ痛快だわ。…だから…本気よ。本気で貴方と大紋様の醜聞を暴露するわ」
暫く押し黙っていた暁が、震える声で黎子に尋ねた。
「…僕が…大紋さんと別れたら…この話は奥様の胸に収めていただけますか?」
黎子はにっこり笑い、甘やかすように続ける。
「勿論だわ。…わたくしだって、可愛い礼也さんを悩ませたくはないもの。…西坊城夫人にもこの調査の結果は話さないわ」
「…分かりました。…大紋さんとは別れます。
ですから二度と大紋さんに僕とのことで脅すような真似はなさらないでください。…僕は何をされてもいいのです。けれど、大紋さんと…兄さんに…この話を少しでも出されたら…僕にも覚悟があります」
静かだがその美しい瞳の中には強い意思と激情が滾っていた。
黎子は初めての暁の反撃に一瞬たじろぎ、だがすぐに底意地悪く囁いた。
「…大紋様も今や満更ではないのではないかしら?
そうでなければ毎日のようにわざわざ絢子様のところにお見舞いなど行かれないもの。…フフフ…残念ね。…また新しいお相手を見つけられると良いわね」
暁は無表情で立ち尽くしていた。

…そこに慌ただしく駆け込んで来る足音…
「お母様!何をなさっているのですか?…暁と何をお話しになっていたのですか?」
黎子は暁を庇う礼也に、妖しく流し目をくれる。
「…何もしていないわ。ねえ、暁さん」

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