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暁の星と月
第2章 新たな扉
「…寂しい?」
はっと気づくと大紋が暁を気遣うように見つめていた。
「…いいえ…」
暁は言葉と裏腹に寂し気に微笑んだ。
ランプの灯りに照らされた暁の顔は仄白く、長く濃い睫毛が白い頬に影を落とし、紅を差したような唇と相まって夢幻のような儚さを醸し出している。
大紋はその美しさに息を呑んだ。
「…寂しいなんて…そんな厚かましいです。兄さんは大人の立派な紳士だし…大人のお付き合いもたくさんあるでしょうし。…あの…」
…でも、気になる。
「何?」
「…兄さんは梨央様と将来はご結婚されるんでしょうか?」
そんなことを聞いても仕方のないことなのに…
礼也のことはなんでも知りたい…
大紋は口籠る。
「…さあ…。梨央さんもまだ11歳だしね。今は礼也を頼もしいお兄様だと思っているくらいだろう。…将来的には…両家はそのように考えているかも知れないけれど…」
「…そうですか…」

屋敷のメイド達の噂はもっとあからさまだ。
「礼也様は梨央様にぞっこんみたいね。あんなに女性におもてになるのに、梨央様は特別扱いだもの」
「まだお小さくていらっしゃるけれど、梨央様は大変にお美しい方だそうよ」
「あ〜あ、羨ましいわあ!礼也様みたいにハンサムで素晴らしい紳士に子供のころから愛されて…私が代わりたいくらいだわ」

…物思いに耽っていると、何処からともなく音楽が聞こえてきた。
慌てて顔を上げると、大紋が少し離れた台に設置してある蓄音機にレコードをセットして戻ってくるところだった。
「礼也は温室で音楽を聴くのが趣味らしいな」
縣家の温室は豪奢だ。
花を愛でながら寛げる長椅子や蓄音機が備えてあり、さながら夢の世界の居間のようだった。

大紋は明るく笑い、暁に手を差し出す。
「…ワルツだ。踊ろう、暁くん」
暁の目が見開かれる。
「…え?ワルツ?そ、そんな…踊ったこと、ないです…」
暁の手があっと言う間に大紋の手に包み込まれ、背中を優しく抱かれる。
「大丈夫、教えてあげるよ。僕の真似をして」
大紋の手は力強く、温かかった。
その温かさに、今夜の暁は強く惹かれた。
寂しさに冷えた心を温めて欲しかったのかも知れない。
「…は、はい…」
素直に大紋に手を取られ、身を委ねる。
…濃厚な薔薇の香気が漂い、美しい音楽が流れる…。
幻想的なランプの灯り…。
硝子越しの窓からは黄金の月が見えた…。





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