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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
月城との距離を縮めたくて、暁は少し親しげな口調で、兄のことを話し出す。
「…兄さんが、来週からフランスに行くんだ」
月城は珈琲カップを洗練された所作で皿に戻し、暁を見た。
「お仕事ですか?」
「うん。…兄さんは本格的にフランスワインの輸入業も始めることになったんだ。それでワイナリーの視察を兼ねてね」
世界中を仕事で飛び回っている礼也だが、今回は長い出張になりそうだ。
パリに支店を開く準備もしなくてはならないからだ。

「…お寂しいですか?」
表情の読めない端正で硬質な眼差しで尋ねられる。
「…僕はもう24だよ」
と、拗ねてみせ…しかし直ぐに本音を漏らす。
「…でも、少し寂しい。…兄さんがいないとあの屋敷は僕には広すぎる…」
「…暁様…」
「…それに、兄さんがいないとなかなか寝付けないんだ」
月城が不思議そうな貌をした。
「…それは…?」
「毎晩、寝る前には兄さんが部屋に来てお寝みのキスをしてくれるんだ。…それが出張中だとできないから…」
「え⁈」
月城が珍しく気色ばんだような表情をした。
「…毎晩…お寝みのキス…ですか…」
暁はさもないように答える。
「僕が14歳で縣の家に引きとられてからの習慣なんだ。
…当時は僕には余りに家が広すぎて、一人で眠るのが怖くて…」

…暁は昔の記憶を思い起こす。
夏の夜だった。
遠雷がなかなか止まない真夏の夜…。
雷は次第に屋敷に近づき、やがて凄まじい雷鳴が轟き始め、落雷が始まった。
反射的に暁は飛び起き、白い夜着のまま部屋を飛び出し、長い廊下を走り、兄の部屋に駆け込んだ。

ノックもせずに兄の部屋に飛び込んだ暁を、礼也は少しも咎めなかった。
大きな重厚な寝台に身を起こし、暁を心配そうに見た。
「どうした、暁?」
落雷の恐ろしさに震えて口も利けない暁を見つめ、すぐに察すると安心させるように手を広げた。
「…おいで、暁」
暁は兄の胸に飛び込む。
震える暁を礼也や優しく抱き締める。
「雷が怖かったのか?」
黙って頷き、兄の寝間着に縋り付く。
「大丈夫だ。怖くないよ。私がいるからね」
…そして…
「…今夜は一緒に寝よう」
と、広い寝台の中に暁を招き入れ、まるで母親が幼い子どもを寝かしつけるように胸元に抱き込み、額にキスをした。
「…お寝み、暁…怖いことは何もないからね…」
兄の言葉は呪文のようで、その後暁はすぐに眠りに就けたのだ。




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