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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
…遠くで子どもが泣く声が聞こえる。

…母さん…母さん…
暗い家で一人きり…
…母さん、寒いよ…。早く帰ってきて…
かじかむ身体を自分で抱きしめ、温める。

そこに明るく温かい陽の光を纏った逞しい男が現れ、少年を抱き上げる。
…もう大丈夫だ、暁。
私がついているからね。

…兄さん!兄さん!
必死で抱きつく兄の後ろに、赤ん坊を抱いた美しい女性が現れる。

…礼也さん、私たちの赤ちゃんが生まれたわ。
貴方にそっくりよ…。
兄は暁を床に下ろすと背を向け、女性の方に駆け寄る。
…光さん!なんて可愛い子だ!
喜びに溢れる兄の声…。
…愛しているよ、光さん…。
君を誰よりも、愛している…。
二人は抱擁しあい、そのまま光の中へと消えてゆく…。

…待って!兄さん!兄さん!置いていかないで!
暁は泣きながら、兄に手を伸ばす。
…兄さん!…兄さん!


「…兄さん…兄さん…」
頬に流れる涙をひんやりと冷たい指が、そっと払う。
そして熱っぽい額に、冷たい手が置かれる。

…暁様…。お泣きにならないでください…。
私は、貴方の側におります…。

…この声は…
月城…?

「…つきしろ…」
ゆっくりと瞼を開く。
霞む視野の中に、月城の端正な貌が見える。
その貌は見たことがないほど、心配そうな色を浮かべていた。
「…暁様、お気付かれましたか?」
暁は周りを見渡す。
質素だが、清潔感漂う寝具に寝かされていた。
古いものだが、手入れが行き届いた質の良い家具…。
…なんだか懐かしい風景だ…

「…ここは…?」
月城の手を借りて、ゆっくりと起き上がる。
「麻布十番の私の家です…」
暁は驚き、月城の貌を見上げる。
「君の家…?だって、君は北白川のお屋敷に住み込みでは?」
枕元の水差しから硝子のコップに水を注ぎ、暁に勧めながら答える。
「この家は、先代の執事の橘さんのお住まいだったのです。
橘さんが伊豆の別荘番に引退された時に、私が譲り受けました。日曜日のお休みの日はこちらに来るようにしています」
「…そうだったのか…」
…月城の家…か…
だからどこか懐かしい気持ちがしたのか…

開け放たれた縁側からは、春の夜風がそよいでくる。
こじんまりした庭には、桜の木が植わっていて、丹精込めて世話がされているのだろう。
…桜の花が見事に満開に咲き誇っていた。
思わず見惚れる暁の肩が優しく引き寄せられる。



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