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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
…美しく賢く気高い若き男爵夫人…。
生家は裕福な侯爵家…。
両親に愛され、多くの使用人に傅かれ、何不自由なく育った女王様のような華やかな女性…。
幼い頃から美少女で、自由奔放な性格で、パリに留学し、華やかな恋愛をし、礼也のような全てを持ち合わせた誰もが憧れるような男に愛され、ドラマチックに求婚される…。
皆に祝福され、すぐに愛の結晶も身籠った。

…この持ち合わせていないものは何もないほど理想的な女性に、自分の何を知って貰えるのだろうか…。
暁は不意にしんと頭が冷えるほど冷静に光を見つめる自分を感じた。
…光さんに、僕の生い立ちを話す…?
恐らく今までの人生で飢餓感を感じたことは一度もないような女性に、自分の惨めな幼少期の話をどう理解して貰えばいいのか…?
また、もし自分が同性愛者だと言うことを告白したら…
光は今と同じ気持ちで同じことを言えるのだろうか…?

「私、暁さんのお姉様になりたいの。…礼也さん同様に私のことも頼って甘えていただきたいの。
暁さんとはなんでも話せる関係になりたいのよ」
光の屈託のない善意に満ちた言葉が次々と暁の胸の中に降り積もる。
…礼也さん同様…か…。

光は暁がどれほど礼也を愛していて、その存在に絶対的な傾倒と依存を今でも感じていることを考えたことがあるのだろうか…。
人買いにさらわれそうになった暁を救い出し、愛情を惜しみなく与え、最上級の教育を受けさせてくれ、暁の幸せの為に与えられるものは全て与えてくれた兄…。
兄がいなければ今の暁は存在しなかったのだ。

その神のような兄と同じ存在になれると無邪気に信じ、話せば相手の全てを理解できると疑わない無意識の傲慢さを、暁は静かに憎んだ。
もちろん、光は悪くはない。
光の考えは善意から出たものだ。
しかしそれは持てるものが持たざるものへ、さながら施しを与えようとする遥か高みからの発想であることを光は知らない。
知る由もない。

…しかし、暁は気付いてしまったのだ。
愛情に飢え、例えそれが存分に与えられたとしても、それを喪う恐怖に常に怯える暁は、自分を脅かす存在の光をこんなにも冷めた眼差しで見ていて…そして憎んでいることを…。



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