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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
暁は子どものようにはしゃいで礼也の帰宅を喜ぶ光に微笑みながら告げた。
「兄さんもお帰りになったことですし、お話はまた次の機会に…」
光は残念そうな顔をしたが、素直に頷いた。
「…そうね。では次回、必ずね?」
「…はい」
光は浮き浮きしながら大階段を降り始めた。
暁も後に従う。
光の美しい背中が眼に入る。
真っ白でほくろひとつない。
…妊婦とはとても思えない美しい背中だ。
それとも妊娠すると、女性は光のように綺麗になるのだろうか。
イブニングドレスはウエストを搾ったデザインだ。
よく見ると、光の下腹部がややなだらかに隆起しているのが分かった。
…やはり、妊娠していらっしゃるんだな…。
ほっそりとしていらっしゃるから、全く分からなかったが…。
光は、手摺には捕まらずに足早に階段を降りる。
「光さん、危ないですからゆっくりと…」
思わず声をかける。
「平気よ。階段は慣れているもの」
振り返り、勝ち気に笑う。
仕方なく暁も微笑んだ。

ふと、暁は遣る瀬無い虚しさに襲われた。
…欲しいものは全て手に入れた光…
…自分の今の幸せが当たり前だと思っている光…
…そして、自分の幸せが永遠に続くと信じている光…

それに比べて僕はどうだ…?
…初恋は実らなかった…
…愛している人の手を取ることもできなかった…
…そして…
漸く巡り会えた愛する人とは、身体だけの関係しか結べなかった…

虚しさが、暁の身体を澱のように覆う。
光の美しい背中は眼の前だ。
少し手を伸ばせばすぐに届く。
光の人生に、手が届く。
…光の人生…
完璧な美しい人生…
永遠に幸せが続くであろう人生…

ふと下を見る。
…大階段は高い。階下はまだまだ先だ。

…もし、この手で…光の背中を押したら…
光はどうなるのだろうか…

妊娠に詳しくない暁だが、こんなに高いところから落ちて、無事で済むとは思えなかった…。
…光は無事でも、お腹の中の子どもは流れるかも知れない…
…光の子どもが流れる…

光さんはどんなに哀しむだろう…
…永遠に続くと信じて疑わなかった幸せがいきなりぷつりと途絶えるのだ。
…その時、初めて持たざるものの悲しみや虚しさが、お分かりになるのではないか…

…暁はゆっくりと、光の白い背中に手を伸ばす。
…あと少し…あと少しで、光の背中に触れる…

何かに囚われたかのように暁は震える手を、前に伸ばした。
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