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暁の星と月
第3章 暁の天の河
広々とした庭に設置されたテーブルには真っ白なリネンが掛けられ、美しい夏の白い花がガラスの花器に飾られていた。
磨き上げられた銀器がきちんとセットされ…高価なマイセンの皿が惜しげもなく置かれている。

大紋の家は貴族ではないが、江戸の昔は御典医を務めた家柄で、彼の曽祖父が開発した薬の特許により有数の資産家でもあった。
父親はまだ健在で矍鑠としていて部下の弁護士が10人もいる法律事務所の所長である。
何度か遊びに行ったことがある飯倉にある大紋の屋敷も、チューダー様式の眼を見張るような広大な屋敷だ。
「父親が建築に凝っていてね。…広いばかりで案外不便な屋敷だよ」
と、笑って見せたが、執事のほか、家政婦、メイド、下僕、料理長、庭師と大所帯の使用人の数を見るまでもなく、大紋家の資産の潤沢さは押し計れるものだった。

そんな大紋の端正な容姿には、常に産まれながらの品位と教養が漂い…そんな洗練された雰囲気や身のこなしが兄、礼也を思わせ安心感を覚え…暁は大紋に格別懐いたのかも知れない。

…兄さん、どうしているかな…。
想いは無意識に、礼也へと向かう。
今頃、ボストンの縣のお父様とお会いしている頃かな…。
礼也は商談を兼ねて、アメリカに渡っていた。
そして、ボストンに支店と別邸を構え…あちらの美女とほぼ事実婚している礼也の父親に久しぶりに会っているはずだった。
…また、毎日遅くまでお仕事をしていないといいけれど…。
海外に滞在中の礼也は日本にいる時より更に多忙だからだ。

「…何を考えているの…?」
どこか寂しげな大紋の声に、暁は我に帰る。
見ると、大紋がじっと暁を見つめていた。
「…あ、ごめんなさい…ちょっと…考えごとをしてしまって…」
暁は慌てて、よく冷えたフレッシュなオレンジジュースのグラスを手に取り一口飲む。

「…礼也のこと…?」
静かな、どこか諦観を秘めた声だった。
嘘が吐けない暁は、戸惑いながら頷く。
「…兄さん、今、アメリカだから…」
大紋は少しも不機嫌になる様子もなく、優しく尋ねる。
「確かボストンの父上にも会いに行かれているんだよね?」
「はい」
「暁は、縣男爵にお会いしたことはあるの?」
縣男爵…礼也の父親は暁の父親でもある。
暁は頷く。
「はい。僕が縣家に引き取られた年のクリスマスに…」

…暁はあの日のことを、ふと遠い眼をして想い出す。

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