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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石
* * * * * * *
とりたてて煩うほどのトラブルもなく、別段大きな悩みもない。趣味の延長線上とも言える仕事は趣味と呼ぶには順風満帆で、ここ数日も、私が周囲に向けていたのは笑顔の他に思い当たらない。
星音ちゃんとは何もなかった。
極めてときめくようなこともなければ、暗雲の垂れ込めることもない。
夜が更けると私は星音ちゃんもといきら音ちゃんの動画を漁って、ともすればくすぐられんばかりの音声の波に、身も心も委ねる。彼女がマカロンを取り上げた日以来、私はコメント欄に名前を残すようになった。さすれば必ず、星音ちゃんからLINEが届く。もっとも私がそうしたアピールに頼らなくても、川原さん達の話によると、週後半、パステルピンクの華やかな女の子がパティスリーHamadaのマカロンを買い求めに見えたようだった。私達に変わりはない。
"お礼が遅くなってごめんね。呼んでくれたら良かったのに"
"編集したい動画があったので、我慢したんです。それに押したらたまには引くっていうのが、恋愛の駆け引きなんでしょ"
星音ちゃんの軽口の後尾は、無邪気な顔文字が締めていた。
本当か。
私は星音ちゃんとのやりとりを遡っては、疑ぐりに反して軽やぐ胸が、綿あめに包まれてとろけてゆく思いに耽る。
星音ちゃんの、この一文を打った指。その指の主の儚げな声で、私は一昨日も昇りつめた。…………
「良い知らせでもあった?」
聞き親しんだ男性の声に、私は授業中の居眠りを咎められた学生よろしく顔を上げた。この声が私や誰かをどやしつけたり貶めたりしたことなどないのに、鼓動が不快な音を立てる。
私の焦燥など想像もしていないだろう呼びかけの主は、呑気な笑顔を湛えていた。
「ちょっと。お客様からLINE」
「仕事?連絡してこなくて……」
「全然平気。今日はいないって皆知ってるから」
「この間のお客さん達も、随分気を遣ってくれていたからね」
男性向けのファッション誌を手に取ったことのない私でも、目前にいるパートナーの出で立ちが、そうした書籍から抜け出てきたようであるのは分かる。高層階の庭の見えるラウンジに昇ってくる途中にも、随分と他のお客さん達の視線を集めていたパートナーは、きちんとした、それでいて砕けた身なりでワイングラスに指を添えていた。