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愛してるから罪と呼ばない
第2章 そのマカロンはまるで宝石







 スマートフォンを閉じて、私はマカロンに唇を寄せた。

 階下では母親が夕餉の準備を進めている。父親はテレビでも観ているのだろう。

 二十五年も生活してきた家なのに、閉めきった部屋にこもってつばきさんのマカロンをもてあそんでいると、まるで別世界に感じる。
 叫び出したくて理解って欲しくて、それでもそんな場所などない。凡庸であることに疑問を持ったことこそなくても、私の現実は燻んでいて、常に外部によってカテゴライズされていた。枠からの逸脱を許されなかった。
 つばきさんに逢えて少しは変わった。惹かれた女性はことごとく男のものになっていった私が、初めて、少しはわがままを言えた人。着道楽で可愛いものに夢中で、恋をするなら絵本に出てくる王子様だろうという先入観なく、私を知ろうとしてくれた人。もっとも、つばきさんはきら音の私を知っていた。私の声を好きだと言って、私の声に犯されている。


 多くを求められるなら、この指で。この唇で。

 つばきさんのすみずみから彼女の自我を取り去って、代わりに私に染め変えたい。


 完膚なきまで美しい世間のマドンナを、私が繋ぎとめられたならどんなに良いか。



 たった今目を通していたインターネットサイトを思い出す。


 最近、つばきさんのブログを読むようになった。

 私の知らないつばきさんなど知りたくなかった。つばきさんが私に話す、彼女に関する情報量は満足に値したし、わざわざ家庭にいる彼女を知る理由はなかった。だのに気にしてしまうのは、彼女がどれだけパートナーに満たされているかを知りたいからだ。

 満たされてなどいなければ良かったのに。

 色彩兼備の人間にも欠点はある。つばきさんが、畢竟するに完璧なパートナーの欠点に痺れを切らせて、些細な諍いくらい度々起こしていれば良かったのに。


 世間の羨む洒落た生活。事務員で無力の私など、どう足掻いても至れない地位。
 大抵のものは所有しているという男が排除されたところで、私が彼以上につばきさんを世間の目から見た幸福な女性に出来るかと自問すれば、胸を張って頷けない。
 だから尚更、もどかしい。地位や財産より重んじられるものがあっても良いのではないか。婚姻関係の結束より、甘やかなものがあっても。
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