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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行





 香凜がレンタルDVD店から帰る度に美衣子から隠しているものは、AV界では名の知れた、淡姫リリカの出演作だ。

 これから先、誠二と何十年も添わねばならない。香凜は努力の一環として、そうした映像作品で免疫をつけて、あわよくば苦痛をやわらげるための極意を得ようと思いついたのである。


 努力はまもなく快楽になった。

 香凜には、別段リリカの出ている映像作品だけを選ぶ必要はなかった。だのに彼女のDVDを選って借りる。性別の異なる人間同士が交尾している有様を観賞するためではない、リリカを観るためにレンタルDVD店に通っているのだと自覚するまでに、さして時間はかからなかった。


 美衣子と同じ、黒檀の艶を帯びた肩に触れるほどのミディアムヘア。美衣子の顔をいとけなくした、端正とれた日本人顔。もっちりとした身体の線に、たどたどしい話し方、優雅な仕草に、初々しく乱れる媚態。

 リリカは、香凜がアダルト女優というものにいだいていた印象を覆しもした。ともすれば恋すら知らないような、無垢な表層。それは、いかがわしい映像作品を誰にも黙秘で観ているという背徳の念さえやわらげる。そのくせリリカは、脚を開けばブラウン管の外にいる人間の劣情までそそのかす。



 初めて濡れた。生理的な現象を促すだけの、誠二の愛撫とは違う。リリカの存在は、香凜を不可視の呼び水でさらった。







 レズビアン、もしくはバイセクシャルという言葉に親しみはなかった。

 ただし、今になって考えてみると、女が男に愛情から恋をすることがないのであれば、女が女に恋する方がオールマイティなのではないか。さすれば、いつか笙子の話していた理屈も辻褄が合う。


 香凜は誠二を、愛したくても愛せない。だがリリカは、香凜が背徳の念に戒められれば戒められるほど、その媚態を視覚が求める。

 ブラウン管の中で、リリカは女に犯されることもあった。全裸になって両手首を拘束した手錠ごと天井に釣り上げられたリリカが、共演の女優の張型に二時間抜き差しされるDVDを観たある時、香凜はもう我慢ならなくなった。スマートフォンの検索ページに恐る恐る文字を打った。


 レズビアン。


 初めてタップしたその文字は、まるで香凜を清水の舞台から飛び降りたあとのような顫動で満たした。
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