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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
* * * * * * *
「行ってくるよ」
軒先のノブを握った誠二の動きが止まった。続いて神妙な声が香凜を呼んだ。
「オレが帰るまで、暇していないか。おふくろが迷惑かけていないか?足りないものや、習いたいものがあれば言えよ」
「有り難う。大丈夫」
少年のように朗らかな笑顔が、今度こそ日差しの方向へ吸い込まれた。
出社した誠二を見送って、香凜は胸を撫で下ろす。
香凜にわがままを言わせたがって、 生まれてこのかた憤怒とは無縁だったかのような笑顔を振る舞う。誠二のまごころは心地好かった。心地好かったまごころが、今や打算とさえ感じられる。
女を所有している事実。肉体を支配出来る女の確保。
誠二は誠二の欲望を満たすために、香凜を繋ぎとめるために、パートナーに飴を舐めさせているのだ。
…──香凜さんだけに話しておくわ。
夕べ、美衣子がティーカップを傾けながら打ち明けた来し方が脳裏をよぎる。
…──良人とは結婚する前に、せいちゃんがお腹に出来てしまったの。当時、私の父は選挙に出馬していて、良人も後継者だったでしょう。時期代表取締役が女子大生を孕ませたとなると、世間の目がね。…………
避妊の不手際。予期しない妊娠。
美衣子は誠二の父親と、やんごとなき家柄の人間同士、やんごとなき家柄の子女に相応しからぬスキャンダルを回避させられた。
世間が幸福だと評価するから、香凜は誠二と婚姻した。世間に正当性を掲げるために、美衣子は今の配偶者と婚姻した。
香凜も美衣子も、世間のために生きているのか。世間のために幸福とやらを押しつけられて、香凜自身の想いも、美衣子の想いも、どこへ追いやられたのか。
「…………」
誠二のいない半日は、瞬く間だ。週に五日の半日だけ、香凜はありのままの香凜に戻れる。だが日が暮れれば、香凜は性具にならねばならない。
毎夜子宮を襲いかかる白濁が、細胞という細胞を脅かしていた。異常に発達した男の筋肉。あの質感が皮膚に触れると、胃液も逆流しかねなくなる。