この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
「…………」
つい、と、香凜のおとがいを冷たい指のまろみが持ち上げた。美衣子が香凜の真ん前にいた。
息と息とがふれあう至近、美衣子が香凜を見澄ます瞳は、たとしえない恤愛を湛えていた。
ちゅ…………
羽が被さったのかと思った。メレンゲに蜂蜜を加えた、幻のように柔らかな羽根。美衣子が香凜に触れた唇は、それだけ甘く、一瞬だった。
ちゅ……ちゅ…………
左側からキスをして、正面、右側。小鳥が花蜜を啄むごとくの優しいキスは、美衣子の息子も好んでいる。同じキスだ。同じキスなのに、違う。
「期待した?」
「…………」
「ごめんなさいね」
「美衣子さん、何故、私をここへ……」
「驚かせてあげたかったの。困惑する貴女を見ていたかった」
美衣子は香凜を許せないのかも知れない。愛息子を裏切って、彼の働いている日中、いかがわしいDVDを賞翫しながら、よその女と淫らなメールで喘いでいる。香凜は美衣子に振り回されながら、期待と同等の疑心を膨らませてもいた。
違う。本当に香凜を咎めるつもりなら、こうもあたたかな目をしまい。今しがたのようなキスはしまい。
「ここからは──…」
唇同士の釁隙を、美衣子のしとやかなささめきが縫った。
いや。
ううん、このまま。
唇同士、繋がっていたい。美衣子の声も、聞いていたい。
キスも言葉も間断なく注がれたい。香凜は欲望をもてあます。
「私の好きなようにさせて、香凜さん」
ぎゅ…………
「私は、こういうセックスが好きなの」…………