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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行







 香凜は誠二を追いかけなかった。


 喪失の痛みは胸を苛むのに、香凜から抜け落ちたものは渇望していたほどのものではない。

 誠二は香凜を愛していた。誠二は香凜を甘やかす。一方的な供給が、愛おしかった。香凜は努力なくして幸福に見せかけてくれる男を、否、飾り物に恋していたのだ。



「美衣子さん……」

 誠二は、翌朝にも父親に配偶者と母親の不実を話す。そのことを考えると、香凜は美衣子の許をこそ離れられない。


「いらっしゃい」


 美衣子は香凜を客室に連れた。湿った質感の寝具を敷いて、そっと香凜をかけ布団の中に促す。



 その夜、美衣子は香凜を求めなかった。香凜は美衣子に添い寝をねだってキスをした。まるでこの世の最後のキス。夜明けを怖れるようにして、美衣子にすり寄り、美衣子にキスする。



 短い夜を過ごした中で、ある仮定が繰り返し香凜を苛んだ。


 美衣子の配偶者より先に、彼女に出逢ってさえいれば。


 香凜が美衣子を感じられるのは、世間の目を免れている間だけだ。

 美衣子を奪いたいのではない。美衣子を側に置いてぬくぬくとしている男の日常を壊したかったわけでもない。

 戸籍の連結など、神ではない、人間の傲慢が定めた法が保護しているものに過ぎないし、重んじるほどの価値もなかろう。それでも、つまるところカップル達には、縋りたがるだけの執着がある。美衣子にも、彼女の配偶者を想うだけの根拠が。

 ただ、香凜が自制をかけるには、美衣子の引力は作動しすぎた。
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