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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
* * * * * * *
水無月の第一週目、片岡家の家長が屋敷に戻った。
あの夜が明けたあと、案の定、誠二は父親に女達の不実を通告した。
初老の男は子息の話の真偽はどうあれ、美衣子の唇が第三者に共有された可能性の想像に耐えかねたようだ。さんざっぱら香凜に当たって、美衣子を腫れ物のごとく扱った挙げ句、彼の悲観はいよいよ悋気を凌駕した。風邪をひいて腹を下し、診断上の問題は見つからなかったものの、ストレスによる体調不良は医者も眉根を寄せるほどで、入院が認められたのである。
「おや、いらっしゃったんですか」
邸宅前でタクシーを下りた舅の顔は、たぬきが張りついていた。配偶者を寝とった義娘を見るや、目を細めた。
「どうしたものでしょうねぇ。誠二はしっかりしたモノなので、香凜さんのことは受け入れて、一人になってもやっていけると思います。しかし、誠二は若い。それに片岡家の跡取りだ。あの子が離婚などしたことが知れ渡ったら、わしらの肩身は狭くなるし……」
「貴方、お帰りなさい。お加減はいかが。貴方もせいくんも何を勘違いしているのか知らないけれど、私と香凜さんは姉妹のように仲が良いだけ。キスなんて、せいくんが寝ぼけて見たものよ」
美衣子が香凜達の間に割って入って、いち会社の代表取締役の奥方らしく、しずしずと良人の肩を抱いた。
「うむ……わしも君を信じようとは思う。誠二の妄想だとな。あれくらいの年頃の男は、女同士でいやらしいことをしている写真やビデオを内緒で観て喜ぶものだし、仕事のストレスもあったんだろう、美衣子と香凜さんが仲良くしているところを見て、夢と現実の区別がつかなくなったのかも知れない」
「──……」
「美衣子、わしは君を信じているし、夢と現実の区別はつく。女同士の友情は、わしら男よりも強いというしな。恋愛などはありえない。……すまなかったな、キスしていたくらいで大袈裟にして」
それが、入院中点薬を流しながら思考した結論らしい。