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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行







「香凜さん」


 美衣子が香凜の腕を引いた。理性をなくしたさしずめ機械仕掛けの雑音を、彼女は逃れた。


 屋内は広い。けだし身を隠せるのは五分ほどだが、美衣子の様子から察するに、それで十分だ。


「ご実家に戻って」


 扉を閉めるや、美衣子は明かりもつけないで、香凜の両手をひしと握った。

「私達が何もなかったことにするには、香凜さんを被害者にしなければならないわ。貴女はせいくんに言いがかりをつけられて、息子の肩を持ったあの人に嫌な思いをさせられた。このままではあの人は法の訴えに出るかも知れない、けれど貴女が先にしおらしくすれば、あわよくばあの人が貴女に詫びなければならなくなる」

「美衣子さんは、それで良いんですか?」



 泣き寝入りだ。何よりいくら香凜のためとは言っても、美衣子は舅と三十年近く寄り添ってきた。誠二においても同じである。美衣子は彼を愛しているとは言っていた。その誠二を悪者にして、彼女は納得いくのだろうか。

 そうした香凜の思いは、建前だ。

 香凜には、混濁としたオブラートにくるんだ、ただ一つの未練がある。


「それがいやなら、……」


 晦冥に馴れた香凜の目は、法悦するほど凄艶な美衣子を淡く捕らえた。



「二人で一緒に、誰にも干渉されないところへ行ってくれない?」
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