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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
香凜は誠二を愛していない。
正確には、誠二という一個人を愛している香凜自身を愛している時期はあった。恋に恋した時期もあったが、法律に保護された取り決めによって彼の所有物になり、彼がどこを触れても裁かれることのない立ち位置になった途端、香凜は現実を見出した。
誠二との出逢いは合同コンパだ。出席した面子の中で、彼の背格好はとりわけなよらかだった。こまやかな気配りにも長けており、同僚からは男にしておくのがもったいないとからかわれていたものだ。顔かたちも、あと二年も経てば三十路に入る人物として信じ難い。そうしたどこか中性的な風貌も、誠二が香凜を惑わす一端だった。
恋に明るくなかった香凜は饒舌な誠二の話術に夢中になった。恋人という一種独特な関係に当たる人間が自分を慈しむという特別感に、陶酔していた。プレゼントやデートにおいても、彼は秀でていた。周囲は香凜を羨んだ。
幸福な新婚生活は、半日と続かなかった。
初夜の寝台で、香凜はおぞましい違和感に襲われたからだ。
男の目、男の声、男の手、男の肉体。男の精神。暗澹たる嫌悪感が香凜をなぶった。
いつまでも浸っていたかったのは、ごつごつした男の愛撫ではない。香凜を法悦させた優越感。この恍惚と添い遂げるべく、香凜は誠二のプロポーズを受けたのだった。